パークシティ武蔵小杉ステーションフォレストタワーは「100年に一度」の台風に、どう立ち向かったか?

2019年10月12 日、記録的な勢力に発達した台風19号(令和元年東日本台風)が日本に上陸し、関東・甲信・東北地方などに甚大な被害をもたらしました。全国で被害を受けた住家は93,000棟以上。中でも注目を集めたのが、駅一帯が冠水し、地下の設備への浸水で大規模な停電が発生した川崎市中原区の武蔵小杉駅周辺に立つタワーマンションの被害です。その時いったい何が起こったのか、そして管理組合や住民たちはどう対処したのか。今回は武蔵小杉駅徒歩2分の立地に643の世帯が暮らす「パークシティ武蔵小杉ステーションフォレストタワー」の管理組合元理事長・本平基さんに、被災当日の状況や災害対策本部の様子、さらには原因究明と再発防止のために組織された『SFT1013対応タスクフォース』の活動などについて、詳しく話を伺いました。

武蔵小杉駅徒歩2分の立地に立つタワーマンション「パークシティ武蔵小杉ステーションフォレストタワー」。台風19号による浸水により、住民は不自由な生活を強いられました。

エントランスの浸水は食い止めるも、地下3階からも水が

「その日はテレビで盛んに報道されていたこともあり、昼頃から台風に警戒して自宅で待機していました」と振り返る本平さん。状況が緊迫したのは17時頃。館内放送で「土嚢を積むためのボランティアを募集しています」と流れたことで、事の重大さを実感したといいます。

2019年10月12日の夜、台風19号の大雨により冠水したパークシティ武蔵小杉ステーションフォレストタワー公開空地の様子。

館内放送での呼びかけにより、土嚢積み上げのボランティアをする住民たちがたくさん集まりました。

1階エントランス付近の様子。土嚢の積み上げにより、浸水は食い止めることができました。

「1階に降りてみると、懸命に浸水を食い止めようと連携する住民で溢れていました。その甲斐あってエントランスからの水は引き始めたのですが、すぐに今度は地下3階に人手が足らないという知らせが入りました」

急いで駆けつけた本平さんは、地下3階に設置された電気設備を守ろうと土嚢を積みますが、一部のマンホールから吹き出す水に悪戦苦闘。まだ水位に余裕があるマンホールへと流す作業をしますが食い止めることができず、漏電の危険もあるためこの日はやむなく午前0時頃に全員が引き上げることになりました。

マンホールから溢れた水に対応する住民。漏電の恐れもあるため、やむなく作業は中止せざるを得なくなりました。

LINEを使い、マンション内の情報伝達を実現

その後、午前2時にインターネットが、その30分後には電気がストップ。13日の朝、真っ暗な館内に貼られていたのは「当分の間、電源は復旧しません」の掲示でした。エレベータも使用できず、階段で1階に降りた本平さんは、館内放送も使えず、掲示板に紙を貼るなどアナログな方法でしか情報伝達ができない現状や指示系統の混乱に危機感を覚えたといいます。

その後、規約に従い災害対策本部が発足。かねてから理事会内でITや広報を担当していた本平さんは、館内の情報収拾と住民への情報発信のツールについて、システムに詳しい住民と検討を始めます。ここで採用したのが、双方向で情報のやりとりができるLINEのグループチャット。住民専用とするために実名登録とし、申請された名前を住民リストと付け合わせながら、情報の管理に細心の注意を払いました。

発足当初は緊迫した雰囲気が漂っていた災害対策本部。しかし「何かできることはありますか」と次々訪ねてくる住民たちに励まされ、次第にモチベーションが高まっていったそうです。

最終的には800 名を超える住民が登録する情報共有手段が整ったことで、掲示物による情報発信は災害対策本部発足から3、4日で目にすることがなくなり、またこのツールを使い、周辺清掃や水・簡易トイレなどの配給にボランティアの参加を呼びかけると、余るほどの人出が集まったそうです。

LINEのグループチャットを使い、双方向の居住者専用情報ツールを立ち上げ。800名以上の住民が参加し、状況説明やボランティアの募集などに効果を発揮しました。また現在でも、COVID-19対策等で活用されています。

「お互いに助け合って、この困難を乗り越えようという意識が高まったのは、普段からの住民間の良好な関係性ができていたことが大きかったのだと思います」と本平さんは振り返ります。「クリスマス、七夕、お茶会、防災訓練時に行われる懇親会など、このマンションではさまざまなイベントを通じて、住民同士が交流する機会がたくさんあります。そこで育まれた信頼関係や良好なコミュニケーションが、今回のような非常時には欠かすことができない要素であることを実感しました」
体育館を借りて行われた理事会による住民説明会には数百人が参加。「みんなで一緒に頑張っている」という雰囲気で満たされ、非常時にも関わらず荒れることは一切なく、時折笑いや拍手も沸き起こったそうです。

『当分の間は復旧しません』という貼り紙を見たときには、先の見えない長期戦を覚悟したという本平さん。しかし実際には、住民同士の助け合い、さらには電力会社や設備関係の関連各社の尽力もあり、電気は被災後6日目で回復、次いで上下水道、エレベーターといった、オール電化のタワーマンションでは必須の設備が復旧し、一時は75%がマンション以外での生活をしていた住民は約2週間で次第に戻ってきたといいます。

被災から2ヶ月後に開催された恒例のクリスマス会。「住民説明会で状況説明を行なっていた理事の方が、マイクをヴァイオリンに持ち替えてクリスマスソングを演奏する姿は、平和な日常が戻った様子を象徴しているようでジーンときましたね」と本平さんは感慨深げ。

タスクフォースを立ち上げ、この経験を今後に活かす

生活が平穏に戻ったことを見届けて、災害対策本部は解散。代わって、今回の被災の原因究明と再発防止、さらに理事会・災害対策本部・管理会社ではカバーできない台風19号由来の対策を協議する『SFT1013対応タスクフォース』が、期間限定の理事会諮問機関として立ち上がりました。参加表明をした40名の住民が分科会を結成。そのうちの11人がコアチームとなり、理事会への窓口や全体の把握を行う形態となりました。

「メンバーには建築家、原発プラントの専門家、弁護士、行政関係者、大学の建築科で防災を学ぶ学生やなど、いろいろな肩書きを持つ住民が加わってくれました。やはり643世帯もあると、バラエティに富んだ人材が揃うなと思ったと同時に、みなさんが『自分たちのマンションのために何かしたい』という強い想いを抱えていることを頼もしく思いました。私は広報の専門として、コアメンバーに加わりました」

タスクフォースは多方面からの検証を行い、2020年いっぱいをかけて今後の方針を定めて、今後に引き継ぐことになっています。現状では次のような浸水に対する防止策案が検討されています。

建築物への浸水を防ぐ対策 短期 ・建物出入口への止水版
・換気口など開口部の浸水防止対策
・地下浸水経路への浸水防止設備設置
中長期 ・止水版では対応できない水位への対策検討
浸水を想定した対策 中期 ・防水区間の形成(水密扉やシートの導入検討)
中長期 ・冗長化可能な設備の検討
・地下電気設備等の配置検討
地域レベルでの浸水対策 中長期 ・内水氾濫リスクの最小化を含む水害対策等の働きかけ
・その他エリマネや行政と協力し継続的に検討
他の項目についても必要に応じて検討

「台風19号被災原因調査及び再発防止策検討状況の報告」より

また広報担当である本平さんが中心となり、「台風19号被災原因調査及び再発防止策検討状況の報告」をまとめて、プレスリリースとともに公表。国土交通省や行政からも「マンション側からの声は非常に貴重。これを今後の具体的な対策に活かしたい」と好評を得ています。

タスクフォースがまとめた報告書とプレスリリース。被災当事者の声が反映された資料として、関係各所から高く評価されています。

「果たしてどのレベルまでをマンションの防災対策として含めるかは、第三者である管理会社や行政は決めることができません。あくまで住民側が主体的に方針を定めて、要望していくものです」と本平さんはタスクフォース設立の意義を説明してくれました。

「『100年に一度クラスの台風』と言われましたが、今後はそれが毎年のように発生する危惧もあります。そういった意味で今回のタスクフォースの功績は、自分たちのマンションだけでなく、他のマンションへの参考事例となりうるという意味でも大きいものと考えています」と本平さんは語ります。

「できることを、みんなで一緒にする」ことの大切さ

1自分たちのマンションの“リスク”を知ること

ハザードマップを見て「私たちのマンションは多摩川が決壊した際には浸水の危険がある」ということを事前に知っていました。そこで土嚢などの備蓄を十分確保し、浸水に対する備えを行なっていたことで、1階への浸水は防ぐことができました(ただし地下3階のマンホールからの浸水は想定外でした…)。また、水害に対応した災害保険に加入していたことも、大変役に立ちました。

2マンション内コミュニティの円滑な関係を築くこと

LINEのグループチャットによる双方向の情報ツールを即座に作れたこと、呼びかけるとすぐにたくさんのボランティアが集まってくれたことなどにより、災害時の不安を解消できたのは、すべてコミュニティ内の信頼関係ができていたことが大きいと思います。また、マンション内にどんな人が住んでいるのかをある程度把握できていたため、災害対策本部やタスクフォースに各分野の専門家を集めることができました。

災害対策委本部で図面を見ながら検討する住民。建築をはじめ、さまざまな分野のプロフェッショナルが協力できたことも、早期に事態を沈静化することができた一因です。

3マンション周辺地域とのつながりも大切にすること

停電によりトイレや風呂、インターネットなどが使えない状況になったとき、地域のスポーツクラブや企業が住民への無料提供を快く引き受けてくれました。さらには洗濯サービスや、電車の乗り放題サービスなど、周辺地域から多大なご支援をいただきました。改めてマンションの周りとも常日頃から良好な関係を構築することの大切さを感じました。

「管理会社や行政任せにせず、自分たちの安全で快適な生活は自分たちで守る」という、当たり前の意識を持つことが大事だと思います。とはいえ『イベントをしなければ』『防災訓練を頑張らなければ』と構えてしまうのではなく、あくまで自然体に、できることをコミュニティ全体で楽しんでやることで、過ごしやすい関係をつくっていくことが大切ですね」と、本平さんは笑顔で語ってくれました。

カメラマン、デザイナーという職業を活かし、理事長を経験した後はITや広報の担当としてマンション通信の発行をはじめマンション内ホームページや各種広報物の制作を主に担当している本平さん。その活動はマンション内にとどまらず、武蔵小杉の地域イベント『コスギフェスタ』のロゴ、ポスター等ビジュアル制作になどを手掛けるなど、周辺地域にまで広がっています。

2020/05/08