取手・戸頭団地の壁面アートプロジェクト「IN MY GARDEN」にみる、アートがもたらすマンションコミュニティの可能性

もし、自分のマンションの壁面が、アートに生まれ変わったらどうでしょう?日常の暮らしの中に突如として現れる壁画アート。そこにどんなものが描かれていたら、住民が嬉しくなるでしょうか?

今回は、取手アートプロジェクト「アートのある団地」事業の一環として、団地の外壁をアート作品化した、戸頭団地の壁面アート「IN MY GARDEN」お披露目の様子をご紹介します。

巨大コミュニティ戸頭団地が「アートのある団地」に!

取手市にある戸頭団地は、1975年に完成した大規模な団地群です。つくばエクスプレスが開通した現在、1万人を超える人たちが住む、巨大なコミュニティとなっています。団地内中央に位置する並木道に囲まれた遊歩道、利根川をのぞむ豊かな自然に包まれた環境は、どこかのどかでゆったりした雰囲気です。

UR都市機構:都市デザインポータルサイト 戸頭団地
http://www.ur-net.go.jp/urbandesign/community/togashira/index.html

この戸頭団地で、UR都市機構による長期修繕の外壁補修工事と組み合わせて、戸頭団地の外壁をアート作品化する「IN MY GARDEN」と名づけられたプロジェクトがこの秋に完成しました。「IN MY GARDEN」は、取手アートプロジェクト「アートのある団地」事業の一環としてスタートしたプロジェクトです。今回は、その作品が完成したお披露目イベントの様子をレポートいたします。

作品制作を手がけた上原耕生(うえはら こうお)さんプロフィール

1982年沖縄生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修了。取手をはじめ、群馬・沖縄・神奈川・鹿児島ほか各地で展覧会に参加。美術館やギャラリーといった場所にとらわれない、日常の生活空間の中での表現を試みている。

上原耕生「IN MY GARDEN」- 取手アートプロジェクト TAP
http://www.toride-ap.gr.jp/danchi/uehara_img/

現地に降り立つとすぐ、戸頭駅前の国道から見える戸頭団地の壁面。作品「Every Morning」に描かれたカラフルなドアとハシゴの絵は、国道を行き交う車からも見えます。

住民たちの戸頭団地の物語が、団地の壁画として描かれる

「アートのある団地」プロジェクトを推進する取手アートプロジェクトは、マンション・ラボでも紹介した「サンセルフホテル」「とくいの銀行」などのユニークなイベントを、同市内にあるもう一つの団地、取手井野団地でも展開しています。

2013年から始まった「IN MY GARDEN」プロジェクトは、まず戸頭団地で暮らす人々から「好きな場所」や「好きな時間」「忘れられない記憶」などのエピソードを募集することから始まりました。しかもそのエピソードの募集方法もユニークです。団地内のあちこちに設けられたカラフルな「トビラ」に住民が自らのエピソードを投函するのです。

団地内に設置されたエピソード投函用のカラフルな「トビラ」。(撮影:伊藤友二)

集まったエピソードは、約90通。戸頭団地内の空テナントに設けられたプロジェクト拠点の「ヒラケゴマスタジオ」で、アーティストの上原さんによってそれらのエピソードが作品化されていく様子も住民に公開しながら進行しました。

エピソード募集のチラシ。投函するだけでもワクワクしますね。

このアートプロジェクトの作品制作を手がけた上原耕生さんは、沖縄県出身。いままで団地に住んだ経験はなかったそうですが、この一年ほどは「ヒラケゴマスタジオ」に毎週末通って作業しているうちに、団地住民の疑似体験ができたといいます。

子どもたちがスタジオの前で遊ぶ様子を眺めながら、遊びと美術の組み合わせについて考えたという上原さん。出来上がった外壁の作品には、子どもや大人の遊び心をくすぐる仕掛けがいっぱいです。

作品「ここだけのはなし」。窓枠や箱は立体的につくられていて、またそれが楽しい雰囲気に。

しかし団地の壁画をアーティストが手がけることに、住民の反対はなかったのでしょうか? 取手アートプロジェクト(TAP)の羽原さんに伺いました。

羽原さん「スタート前に、TAPと上原さんと、戸頭団地の自治会の方々とのプロジェクト説明の場を持ちましたが、意外と反対などはありませんでした。戸頭団地の自治会メンバーの中には、以前戸頭地区内にある旧汚水処理施設で開催したアートイベントのお手伝いをしてくださった方もいて、むしろ、戸頭団地にアートが入ってくることで起こる活性化を期待して、楽しみにしてくださっているように感じました」

その後、自治会の方々は、空きテナントに「ヒラケゴマスタジオ」を開設する際にもお手伝いしてくださったり、プロジェクトの進行中もいろいろな面で協力してくださったそうです。単なる壁画の制作ではなく、住民が愛着を持てる作品をつくりたいというのが、上原さんやTAPの想い。そして、住民の方々もきっと同じ想いだったのです。

戸頭団地を巡りながら、住民に作品を説明する上原さん。

上原さん「集まったエピソードを読んでいると、僕自身も戸頭団地の住民のたくさんの人生の疑似体験をさせてもらった気分でした。大切な人との思い出、家族や友人の話、場所と人がつながっている物語、それらを僕なりに想像して膨らませて作品化しました」

今回のキーモチーフは「トビラ」。上原さんは、団地の壁に「トビラ」をつけることで、見えない壁の向こう側を想像して楽しんでもらいたいと考えたそうです。

作品「扉の向こう側」。「22年前にタイムスリップできたら…」とつぶやくエピソードは、現在・過去・未来の日付が印されたいくつもの扉が描かれた壁面になりました。この扉の「2032.8.31」は、次回の外壁補修工事の予定日。18年後の扉は、どんな未来を開けてみせてくれるのでしょうか?

壁の向こうの住宅をイメージした「At home」。各作品は、住民の部屋から眺めるとまた違った印象で楽しめるのだとか。どこかの部屋には絶好のビューポイントがあるのかもしれませんね。

作品「Sometime」は、83歳女性による朝の風景のエピソード

上原さんが自ら解説してまわる作品ツアーには、もちろん住民の方々も参加。みんなでゾロゾロと作品を見てまわりながら、みな口々に「おもしろいねえ」「あれ、なんだろう」とお喋り。エピソードに出てくる駅前居酒屋の話を読みながら、「この居酒屋はもうなくなったんじゃないの?」「いやまだちゃんとあるよ」なんて世間話まで出てきます。中には、戸頭団地の思い出話を語ってくださる年配の方もいらっしゃいました。

作品ツアーに参加していた83歳の女性は、作品「Sometime」のエピソードを提供した方です。
「17年ほど戸頭団地に住んでいます。毎朝、ベランダ越しに見る団地の朝の風景をエピソードに書いたのですが、まさか作品になるなんて。いい記念になりました。息子にも電話して知らせたら、今度見にくるよって言っていました」と嬉しそうな様子でした。

「毎朝、食事をしながらベランダ越しにみる風景。それはウィークデーのAM7:30。…」で始まるエピソードから生まれた「Sometime」。団地の壁の上の方に、朝のバス停の風景が描かれています。木々の合間から見えるバス停は空中に浮かんで見え、どこか不思議な場所へ連れていってくれそうです。

福島から戸頭団地へ移り住んできた被災者のエピソード

「非日常口」という作品は、東日本大震災の被災者の方のエピソードから生まれました。福島原発から20km圏内の自宅から、親戚をたよって戸頭団地へ家族と共に引っ越してきた女性。そのエピソードには、緑豊かな戸頭団地の四季の植物の美しさに感動し、ご縁があってこの街に暮らす喜びが綴ってありました。そして、最後にこんな追伸が添えてありました。

‘たくさんの人達が生きている、生活している音が聞こえてきます。
時々、この時間が夢なのではないだろうかと思う時があります。
夢ならさめないでほしいと願う時があります。
(戸頭団地在住2年 女性)’

そのエピソードを、上原さんは、「非日常口」という作品に描きました。鞄を抱えた家族は、ハシゴを使ってどんな場所へ行くのでしょうか。想像の翼を羽ばたかせて、いろいろなことを考えたくなる作品です。

非日常口から伸びるハシゴ。

「戸頭団地が明るくなりましたね」と住民の感想

「街の雰囲気が明るくなったよ、ありがとう!」と喜ぶ住民のNさんと、上原さん。

ヒラケゴマスタジオで作品の感想を伺った住民のNさんは、「まだ戸頭団地へ引っ越してから2年ほどですが、シャッター商店街が多いとかいう暗い話がある中、この作品が登場したおかげで街の雰囲気がぱっと明るくなったような気がします。作品は、ウィットがあってユーモラス。遊びがあってすごくいいですね」と上原さんの作品を賞賛。住民の方からの率直な感想に、上原さんも嬉しそうでした。こうやって、アーティストと住民が交流できることも、アートが身近に感じられていいですね。

上原さん「このプロジェクトは、完成したいまからがスタートです。これから住民の皆さんがこの作品を見て暮らすことで、どう意識が変わっていくのか。それは住民の皆さんに委ねられています。アートが、こうしてロケーションとコミュニティの場をつくり、住民の皆さんに何かのきっかけを提供できることを期待しています。それが、アートが社会に対して何かを還元できることなのだと思うのです」

戸頭団地はこれからどんな風に変わっていくのでしょうか?大いに期待したいですね。

ヒラケゴマスタジオの最後のオープンスタジオに集まる人々と、団地内の作品マップ。戸頭団地の6街区7面と4街区5面で合計12の作品を見ることができます。

【マンション・ラボの視点:自分が住んでいる場所の物語を紡ぐ】

自分が住んでいる団地の記憶、好きな場所・好きな時間を、住民から募集した「IN MY GARDEN」。同じ街の同じ集合住宅の住民それぞれの物語(エピソード)を共有することで、場所への愛着がさらに増します。建物の外壁修繕工事をアートプロジェクトにしたことも素晴らしい試みですが、住民がエピソードを提供して参加している点もいいですね。住民は、改めて自分達が住む団地を見直し、心の中に新しい戸頭団地の姿を刻み込んだのではないでしょうか。場所の記憶は、自分の人生の一部でもあります。もし、あなたのマンションの壁だったら、あなたはどんな物語を紡ぎたいと思うでしょう?

取手アートプロジェクト(TAP=Toride Art Project略)/TAPは、1999年より市民と取手市、 東京芸術大学の三者が共同で行なっているアートプロジェクトです。

取手アートプロジェクト
http://www.toride-ap.gr.jp/

2014/12/17