コミュニティに集う人を、見守る。 人と人が居ることで生まれる地域力〜「芝の家」の試み

東日本大震災以降、地域のコミュニティ力を見直そうという動きが活発だ。ご近所に顔見知りがいて、地域とつながる暮らし。かつて昭和の時代にはあった井戸端会議や町内のつながり。

それを現代に再現する試みが、ある地域で行われている。東京都港区芝地区協働推進課と慶應義塾大学との協働プロジェクト「芝の家」だ。

芝三丁目、縁側が目印の「芝の家」

「芝の家」は、東京タワーにほど近い芝三丁目のビルやホテルに囲まれた住宅街の一角にある。この辺りはまだまだ昔ながらの家並も残っている。

そんな小さな通りに縁側があり、木の格子壁、昔ながらのガラスの引き戸、「芝の家」と書かれた黒板がでている。

四つ角が目印の「芝の家」。

十字路の角から「芝の家」を眺めていると、斜め向かいの「いろは食堂」にいた男性から声をかけられる。

「芝の家」の向かい角にある「いろは食堂」は、お弁当屋さん。お弁当が各種500円とリーズナブルだ。

「芝の家に来たの?」

「ここの食堂もオープンしたばかりだから寄っていってよ」

中には、近所にお住まいのご年配の男性、食堂店主、声をかけた男性の三人。

いろは食堂の店主、通称アキさんも「芝の家」のスタッフだという。訪れる前から、「芝の家」のご近所力が溢れているのが感じられる。

「芝の家」の向かい角にある「いろは食堂」は、お弁当屋さん。お弁当が各種500円とリーズナブルだ。

縁側の窓から、玄関から、近隣の人が声をかけて出入りする

ガラス戸を開けて「芝の家」に入ると、駄菓子が並ぶコーナー。そして仕切りのない広々とした空間は、手前に大きなちゃぶ台、奥に大きなソファとテーブル、ピアノ。

中にいる人は、室内の好きな席で語らったり、お茶を飲んでいたり、とさまざま。

入口には、桶に並べられた駄菓子コーナー。右手にはセルフサービスのドリンクコーナー。コーヒーや紅茶は1杯100円でおかわり自由。「本日のお茶」とお水は無料。

仕事の合間に立ち寄った常連の男性が、ソファに居る女性と話し込んでいる。

開け放たれた窓からは、下校途中の小学生が「ただいまー」と芝の家の中に声をかけていく。

ご近所のおじいさんがやってきて縁側に腰掛けると、芝の家のスタッフが窓縁側越しに話しかける。

散歩途中の犬が、玄関先で嬉しそうに尻尾を振ると、ちゃぶ台に座っていた大学生たちが頭を撫でに出てくる。

そしていつの間にか、隣のソファには一旦家に帰ってからやってきた小学生の女の子が一人座ってお菓子を食べている。

「芝の家」には、なんだか不思議な居心地のよさが満ちている。

とある日の芝の家。遊んでる子どもたち。散歩の途中にやってきたワンちゃん。近隣の人。学生や芝の家のスタッフ。ワンちゃんたちもみんなに会うのを楽しみにしているそうです。飼い主さん曰く「ここを通ると、皆が外へ出てきて可愛がってもらえるから、よく知ってるんですよ。日曜日は閉まっているので、あれ?って顔をしてますね(笑)

何もしないで「そこに居ること」からコミュニティが生まれる

「芝の家」は、港区芝地区総合支所と慶應義塾大学とが協働で取り組んでいる「芝の地域力発見事業」だ。

奥から「芝の家」を見渡したところ。開け放たれた窓から開放的な雰囲気が漂う。室内全体にそよ風が通って、居心地のよさが増す。

「芝の家」は、2008年からスタートし、今年で5年目。子ども、お年寄り、在勤者、在学者の誰もが自由に出入りできるスペースだ。もちろん港区民に限らず誰でも利用できる。

月・火・木はコミュニティ喫茶、水・金・土は地域の遊び場として開放されている。とはいえ、ここは何かをするための場所でも、イベント主体の多目的スペースでもない。

「だれもが、居たいようにここに居ること」が、「芝の家」のあり様なのだ。

あえて目的を設けないで、人が集う場を設ける。その点が、このプロジェクトファシリテーターを務めた慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所特任講師の坂倉杏介さんの狙いだったという。

まず、集う場がある。そこから、コミュニティというのは自然発生的に創造されていく、というのが坂倉さんの発想だ。そしてそれは、ここ「芝の家」でまさしく正しく機能しているようだ。

居たいように居る、スタッフの仕事もまた同じ

「芝の家」を運営するスタッフ(日に当番が2〜3名)もまた、ただここに居ることで、この家の空気の一部となる。

スタッフの名刺。表面には氏名が記載されているが、「芝の家」ではスタッフ全員が、名刺裏面に印刷するニックネームを持っている。

その日のスタッフは、毎朝「チェックインミーティング」を行ない、オープン前の自分の気分や状態を伝え合う。どんなサービスでもてなすのか、というタスクミーティングではない。スタッフ各人が、今日はどんな風にここに居たいのかを確かめ合う時間だ。

毎夕の終わりには、一日に起こったことをスタッフでシェアする、「振り返りミーティング」が行われる。同じ一日を過ごしていても、他のスタッフの視点や感じ方は異なる。ミーティングで、それに気づかされることも多いという。

スタッフの一人キャサリンさんは、スタッフの仕事についてこう語る。

「仕事じゃない、ですね。自分がどんなアクションを起こしたら、人の喜びにつながるのか。そういうことの積み重ねで、この場の空気を生むのがスタッフの役割です。

集まった人たちが自然発生的に何か行うときにはお手伝いもしますが、基本は、ここはつながりを生む場であり、私達もそこに含まれます」と、キャサリンさん。

「芝の家」は、昭和の地域力を平成の現代に蘇らせる大学と地域の試み

芝の家入口に貼りだされた「お互いさま掲示板」。困っていること・やりたいことをカードに書いて貼りだし、興味のある人連絡するシステム。外国語を教える、不用品や家具の移動のお手伝い募集など、掲示する内容はさまざま。

芝の家入口に貼りだされた「お互いさま掲示板」。困っていること・やりたいことをカードに書いて貼りだし、興味のある人連絡するシステム。外国語を教える、不用品や家具の移動のお手伝い募集など、掲示する内容はさまざま。

港区芝地区総合支所の皆川浩さんに、「芝の家」誕生の背景を伺った。

「‘芝の家’は、昭和30年代にあった、あたたかい人と人のつながりの再生を目的として、慶應義塾大学と協働でスタートしました。

芝地区は、もともと住んでいた人のつながりがあったエリアでしたが、そこに子どもやお年寄り、社会人や学生を巻き込み、ご近所に無数のつながりが生まれ、さまざまな活動が広がっています」

同じ地域に住む、働く、学ぶ人々が、顔見知りになって声をかけあうことが出来れば、非常に結びつきの強いまちになるはずだ。しかも自然発生的にゆるやかなつながりを生む場をつくりだした「芝の家」の功績は大きい。

大きなレザーのソファは、いただきもの。使っているうちに破れてきたが、訪れる人が繕って直してくれた。ハート型の繕いが楽しい。できる人ができることをして助け合う。そんな精神が息づいている。

マンションにも「芝の家」的なつながりを生む場をつくるには?

玄関に置いてある忘れ物入れ。「芝の家」には、いい意味での、人のふれあい感が満ちている。

玄関に置いてある忘れ物入れ。「芝の家」には、いい意味での、人のふれあい感が満ちている。

こうした場を、マンションの中にも持てないものだろうか? スタッフの皆さんに伺ってみた。

「‘芝の家’の例からしかお話できませんが、マンションでも声かけは大事でしょうね。挨拶をされて嫌がる人はあまりいません。

みんなが知り合いになると、「お互いさま」の気持ちが徐々に生まれます。さらにコミュニティの一員として自覚していくことにつながりますね」と皆川さん。

「居たいように居ていい‘芝の家’では、ランチ時にお弁当を持ってきて食べていく方もいます。その場で知り合った人とお喋りしながら食べている人も多い。

マンションでも、お弁当を持ち寄って皆で一緒に食べるといったことから始めてもいいのでは? 食べることを共にすると、自然とお喋りの糸口も生まれてきますよね」と、スタッフのキャサリンさん。

とある日の「芝の家」の様子。みんなが思い思いに集う。マンションのコミュニティにも、このようなスペースがあって、つながりが生まれていけば理想的なのだが。

「マンションは壁が厚くて人の気配が遮断されますよね。階下や階上に住む人の顔が見えないと、ちょっとした音にも苛立ってしまいがちです。

でも、顔を知っていると、そうでもなくなってくる。だからきっと、階下や階上の人にちょっとしたご挨拶をしておくことから、顔見知りの輪を広げていくのはいいですね」と、スタッフの磯P(いそぴー)さん。

千葉でコミュニティ支援活動をしているキャサリンさんは、マンションに暮らす高齢者への働きかけとしてこんなアドバイスをしてくれた。

「一人暮らしのお年寄りのポストに、有志で3行くらいのお手紙を書いて投函してもいいですよね。返事もいらなそうなちょっとしたメッセージで、声掛けがわりのお手紙から始めてみるんです。

そのうち、マンションの庭に花を植えるのを手伝っていただくとか、公園の子どもの見守りをお願いするとか、自主的にコミュニティに関わっていただけるようになるとよいのですが」

挨拶から顔見知りの輪を広げる。シンプルだが、実はそれが一番の地域力の素なのだろう。

たとえば、「芝の家」の開放的な縁側は、外を行く人が足を止めて立ち寄る役割としてうまく機能している。マンションは、プライバシーはあるが、内に閉じた空間だ。

しかしそこにこのように、住民同士がふらっと立ち寄れるような、人と人をつなぐゆるやかな「縁側」的機能を持てないものだろうか。たとえばそれはマンションの共用部分に必要な機能なのかもしれない。

右手が「芝の家」の縁側。ご近所のお年寄りがちょっと休憩するのにも一役買っている。この窓も、基本開けっ放し。外にいる誰もが声をかけやすい環境づくりを心がけている。

【ご近所イノベーター養成講座】

港区芝地区総合支所と慶應義塾大学グローバルセキュリティ研究所が、2013年6月から10月にかけて開講する「ご近所イノベーター養成講座」。

地域コミュニティづくりの担い手、「人財」育成のための講座だ。講義とワークショップの他、プロジェクトの実践や「芝の家」でのコミュニティ体験を通して「自分のやりたいことをまちにつなげる」技法を学び、まちで実践していく。

すでに募集は締め切られたが、その内容はマンション・ラボでも今後レポートする予定だ。
http://gokinjo-i.jp


地域の憩いの場「芝の家」の取り組みは非常にユニークな試みだ。これまでは、牽引するリーダーがいないと、マンションのコミュニティづくりは難しいと思われていた。

しかし「芝の家」のように、集う人の自主性に委ねるという場づくりから、自然発生的につながりが生まれ、ポジティブに機能していくケースもあるのだ。

「芝の家」プロジェクトの2011年の報告発表会『3人寄れば、地域がうごく?』では、これまで「芝の家」で生まれた多彩な地域活動は、およそ3人ほどの人が集まって始まったと報告されている。そこから1人ずつ仲間が増え、小さな活動が交じり合って、無数のつながりが生まれるという。

マンションにも、こうした「居たいように居る」場が設けられ、有志3人くらいからの仲間づくりが生まれていけば、大いに期待できるのではないだろうか。

今後も「芝の家」や港区のコミュニティ活動を興味深く追いかけていきたい。

芝の家プロフィール

芝の家
住所:〒105-0014 港区芝3-26-10
URL:http://www.shibanoie.net
OPEN:月・火・木 11:00〜16:00/水・金・土13:00〜18:00(日曜・祝日休み)

2013/06/06