『「決め方」の経済学』に学ぶ、マンション管理組合の意見のまとめ方

マンションの管理組合だけに限らず、大人数の意見をまとめるには多数決が一番平等な方法だと思っていました。でも、ほんとうにそうでしょうか?
多数決だけではなく、目的に応じて、さまざまな「決め方」や「みんなの意見のまとめ方」がある、と慶應義塾大学経済学部 坂井豊貴教授は言います。
今回は、坂井教授にマンションでの意見のまとめ方についてお話を伺いました。

大勢の人と、ひとつの資産を共有するマンションの難しさ

慶應義塾大学経済学部 坂井豊貴教授。今年ノーベル経済学賞を受賞したポール・ミルグロム氏のオークション理論をはじめとした経済学の新分野である「メカニズムデザイン」を研究。さらにこれらの最新理論を、不動産オークションというビジネスの現場で実用している。

「他人とモノを共有するのは、難しいことです。だから僕自身はマンションを選ばないですね」と坂井教授。最初から笑顔で凄い発言をいただきました。


坂井さん
マンションの住民は、みんなそれなりのお金を払って買ったのだから、“これは自分のものだ”と思っています。しかし実際にはマンションは、敷地、建物、共用部分など、自分の部屋以外のすべてを他の人と共有している。共有物だから、自分の利害に関することだけを要求する訳にいかない。お金を払って手に入れた筈なのに、自分の好きなように自由に使えないのはどういうことだ?ってなりますよね。その難しさがあります。

マンションを購入した人のほとんどは、みんなの共有物ではなく、「自分の家」を買ったと思い込んでいますが、実はマンションはみんなの共有物であり共有財産。確かにその点を事前によく考えて、購入している人はきっと少ないはずです。


坂井さん
集団的意思決定から逃れられないのが、マンションの宿命です。だからみんながメンバーシップ(構成員)であるという感覚と、公共心を持たないといけない。でも、自分の家だと思っているものに対して、公共心を持つのはすごく難しいですよね。

マンションで大勢の住民の意見をまとめるのが難しいのは、「マンション=自分のもの」と考えている人が大半だからかもしれません。でもその点を整理して、「マンション=みんなのもの」という考え方が浸透すれば、意思決定もスムーズにいくのではないでしょうか。

マンションの合意形成—実は多数決だけがすべてではない

多数決だけでなく、さまざまな決め方が存在し、どの決め方を選ぶかで、結果は大きく変わってしまう。

マンション総会では、さまざまな議案について議決権を行使する権利が所有者にあり、ほとんどのマンションでは多数決で決定します。多数決が、公正で当たり前だと考えていたのですが、実はそうではなく、いろいろな決め方が存在するようです。


坂井さん
多数決だけが、ものの決め方だと思っている人が多いと思うのですが、多数決は選択肢が3つ以上あると票割れの影響を強く受けてしまうという大きな欠陥があります。主観や一部の声の大きい人の意見、イデオロギーに左右されないようためにも、「ものの決め方」は、客観的に分析されるべきです。「ものの決め方」に数理モデルを使う経済学の考え方は、客観的分析に最適です。そして、マンションのような共有物にもこの考え方は当てはまります。

選挙を例にとった決め方の違い。多数決では、有権者は投票用紙に1人の名前しか記入できず、単純に1位の票が多い候補者Aが選出される。決選投票では、多数決で1位の候補者が過半数の票を集めなかったら、1位と2位とで決選投票を行う。ボルダールールでは、有権者は2位・3位の候補者も選べるため、多数決の欠陥である票割れが起こらず、万人から広く支持されている候補者が選出できる。いずれの決め方の場合も、多数決とは異なる結果となる。(坂井豊貴『「決め方」の経済学』よりマンション・ラボ編集部が図版作成)


坂井さん
たとえば票割れという欠陥を抱える多数決の代替案として有効な「ボルダールール」は、きわめて民主的で、意見のグラデーションをすくい上げるものとして最適です。
皆から広く支持される選択肢が選ばれます。満場一致が実現できないなら、せめて皆から広く支持される選択肢を選びたいですよね。決め方次第で結果はまるで変わってきます。決選投票を付けるのでもボルダルールにするのでも、多数決以上に全体の納得感が高い結果になるはずです。

【多数決の欠陥「票割れの例」】
2000年のアメリカ大統領選挙では、民主党ゴア、共和党ブッシュが指名候補であり、世論調査ではゴアが有利だった。しかしそこに第三の候補者、弁護士のネーダーが参戦。勝つ見込みのない泡沫候補ネーダーがゴアの票を食って、勝利をつかんだのはブッシュとなった。
(坂井豊貴『「決め方」の経済学』より要約)

マンションのエレベーター改修費用分担を決めるシャプレー値

坂井さんの著書『「決め方」の経済学』(ダイヤモンド社)では、マンションのエレベーターの改修費用分担というケースで、「シャプレー値」という決め方を解説されています。

坂井豊貴 著『「決め方」の経済学』(ダイヤモンド社)※外部サイト
慣れ親しんだ決め方である多数決は欠陥だらけの方法だった。『多数決を疑う』の著者である坂井豊貴氏が、民主的な「みんなの意見のまとめ方」を経済学のツールを使って解説。「多数決」と「数の暴力」はどう違うのか? 曖昧でいい加減な「民意」「選挙」の議論を叩き切る! 選挙の前にぜひとも読みたい一冊。


坂井さん
これは極端な例ですけれど、たとえば5階建てのマンションで、エレベーターの改修工事が発生した。でも1階住民は「使わないから工事費用は払わない」と主張したとします。それに怒った他の階の住民が結託して、「改修費用はすべて1階住民が支払うべきだ」と議案を提出して、多数決で可決されたら? 多数決ってそういう暴力的な可能性をもっているんですね。

たとえば、5階建てのマンションのエレベーターの改修工事が発生! でも1階の住民はエレベーターを使っていないのに、工事費負担義務は均等? こうした費用分担の決定に最適なのが「シャプレー値(受益に応じた負担の分配を算定する方式)」です。
(坂井豊貴『「決め方」の経済学』よりマンション・ラボ編集部が図版作成)


坂井さん
そもそもマンションのエレベーターって、自分の住んでいる階しか使わない。では、受益者負担の観点から、住む階によって受益負担って変わるよね、ということで負担の分配を考えたのが上記の「シャプレー値」の図です。
ただ、1階の住民だってエレベーターがあるマンションに住んでいることで利益があります。では、その点をどう折り合いをつけるかと考えると、改修費用のうち何割かをシャプレー値にして、残りは均等負担にするという、数学的にいえば「凸結合」の値を求めて、住民を納得させる方法もあります。現在は専有面積によって負担割合を変えていると思いますが、このように費用負担をフェアに決める方法もあるということです。

決め方の計算方法、とても興味深いです。坂井さんによると、「凸結合」にするにしても「シャプレー値」の割合によって、人の感じ方が変わるので、そのピーク点の真ん中を取るのが優れた決め方だということです。決め方の数式を考えるのも、人の感じ方に応じて調整できるというのが新しい発見でした。

こうした、みんなが納得するマンションの費用負担の決め方の計算式をWEBテンプレートで提供するのも面白そうです。

マンションは「ミクロな国家」である

マンションを小さな国家と考えれば、さしずめ、理事長は首相、理事会は各大臣、国民は住民。国を良くするために、みんなが公共心を持って協力し、知恵を出し合っていくのが理想です。


坂井さん
マンションは、ある意味でひとつの国家ですよね。民主制国家の縮図のようになっているけれど、幸い国家より人数は少ないのが救いです。日本の政府だと大臣がコロコロ替わっても、官僚機構が実務を支えているので回っている。マンションも、理事が輪番制で替わっても、官僚機構のように住民をサポートするコンサルテーションがあればうまく回っていくのでしょう。

マンションを支える官僚機構の部分を担っているのが管理会社さんかもしれません。輪番制で初体験の理事さんが参加しても、理事の仕事は管理会社のサポートがあるからこなせます。そして、マンションという共有財産の価値を高める仲間として、コミュニティづくりが重要となってくるのではないでしょうか?

早わかり!マンション管理組合と理事会のキホン

コミュニティの醸成度はどう測るのか?—指標づくりの実験

目に見えないマンションコミュニティの存在は、市場価格の評価に影響するのか? コミュニティの満足度をレーティングする試みは?

いま既存マンションの市場価格の評価は、築年数・構造・耐震性・駅からの徒歩時間・デベロッパーなど、ハードが主な指標となっています。

しかし、マンションコミュニティの醸成度や良好な管理状態といったソフト面での指標は、市場価格の評価には含まれていません。実際、コミュニティの醸成具合を数値で「見える化」するのは難しいことです。コミュニティを指標化するにはどうしたらよいのでしょうか?


坂井さん
マンションを、良好なコミュニティのあるグループと、ないグループの2群に分けて、過去10年の市場価格の推移との相関性を分析してみるだけでも、ある程度わかることはあると思いますよ。住民には、コミュニティの有無についての主観的な7段階アンケート(コミュニティの有無、年間イベント開催数/参加者数、総会の参加率など)を実施して、主観的なデータを指標化する方法もあります。

なるほど! その方法ならマンション・ラボでもトライできそうですね。


坂井さん
まずシステムを作ってみて、それから分析の精度を高めていくのが一番よい方法です。やってみるのが一番ですね。あと、これは思いつきなんですが、「食べログ」のように、マンションコミュニティの満足度を主観的にレーティングするサイトがあっても面白いかもですね。

「物事を決めるには、多数決という考え方が公平で当たり前」と長年信じ込んでいた私たちにとっては、今までの常識を根底から覆す、刺激的なお話でした。

外からは見えないコミュニティ度合いが数値化されたり、レーティングサイトができたりしたら、コミュニティの特色でマンション選びができるようになるかもしれません。
これまでマンション・ラボが紹介してきたように、コミュニティづくりや管理に熱心なマンションが評価される仕組みがはやく誕生してほしいものです。

坂井豊貴ウェブサイト※外部サイト
慶應義塾大学経済学部教授。ロチェスター大学経済学博士課程修了(Ph. D.)。(株)デューデリ&ディール、チーフエコノミスト、Economics Design Inc.取締役。暗号通貨、投票システム、オークション方式などの制度設計を研究。著書に『多数決を疑う』(岩波新書)、『マーケットデザイン』(ちくま新書)ほか。近著に、坂井豊貴×オークション・ラボ『メカニズムデザインで勝つ』(日経新聞出版)。

2020/12/25