著名人が暮らしたパリのアパルトマン(その1) ヴィクトル・ユーゴー

一軒家が少ないパリでは、著名人の多くが、もちろんアパルトマン暮らしです。かつて著名人が暮らしたアパルトマンの中には、記念館として公開されている場所もあります。ファンにとってはもちろん、世界に知られる作品が生まれた場所を訪ねるのは、感慨深いものです。

今回は、文豪ヴィクトル・ユーゴー(1802年 – 1885年)が住んでいたアパルトマンを紹介します。

ヴィクトル・ユーゴーが暮らしていた “ローアン・ゲメネ館”

ユーゴーが1832年から1848年まで住んでいたアパルトマンは、マレ地区ヴォージュ広場にあります。

ヴォージュ広場

ヴォージュ広場

ヴォージュ広場は、アンリ四世の統治下だった1612年に完成したパリでもっとも古い広場で、当時は「王の広場」と呼ばれていました。赤レンガと白い石のコントラストが美しい建物が、広場をぐるりと囲んでいますが、これらは王の命で造られたもので、17世紀特有のスタイルだそう。いまもパリでもっとも美しい広場のひとつです。

ヴォージュ広場の回廊

ヴォージュ広場の回廊

この豪奢な建物のひとつ、“ローアン・ゲメネ館”と呼ばれる建物の2階、280㎡の広さのアパルトマンに、ヴィクトル・ユーゴーは1832年、アデール夫人と4人の子供とともに引っ越してきました。「エルナニ」(1929年)、そして「ノートルダム・ド・パリ」(1931年)が大成功を収めた後、30歳のときです。ローアン・ゲメネ館という名前は、かつてこの建物を所有していたド・ゲメネ大公、ルイ・ド・ローアンの2氏の名前にちなんでいます。

19世紀終わりにパリ市に売却され、分割されて、アパルトマンとして利用されていましたが、1902年、ヴィクトル・ユーゴーの生誕100年を記念して、記念館にすることが決定。1903年にオープンしました。ユーゴーが所有していた家具などは競売にかけられて散逸していましたが、ユーゴーの友人が買収して、この記念館に集められたそうです。

ヴィクトル・ユーゴー記念館

ヴィクトル・ユーゴー記念館の入り口。フランス国旗とEU旗のある建物の2階にあります。

ヴィクトル・ユーゴー記念館の入り口。フランス国旗とEU旗のある建物の2階にあります。

入り口からヴィクトル・ユーゴーのアパルトマンへと導く階段。時を経た木と タイルの対比が美しい。

入り口からヴィクトル・ユーゴーのアパルトマンへと導く階段。時を経た木と タイルの対比が美しい。

壁にはヴィクトル・ユーゴーの風刺画などがかかっています。

壁にはヴィクトル・ユーゴーの風刺画などがかかっています。

2011/09/30

プロフィール

三富 千秋

パリ在住のフリーライター。パンや菓子、料理など食の話題を中心に雑誌や食専門誌に発信しているほか、フランス人のライフスタイルについてのコラムも執筆。フランス人の日常生活をさらに知るべく、フランス各地で取材中。


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