ギマールとル・コルビュジエ、有名建築家が手がけたアパルトマン

街中に芸術的な建築物が残るパリですが、集合住宅のなかにも、有名な建築家が手がけた“作品”があります。19世紀終わりから20世紀にかけて活躍した世界に知られる建築家、エクトール・ギマールとル・コルビュジエの2人も、パリ市内に集合住宅を手がけていました。

もちろん今も住宅としての役割を果たしている、2人の“作品”を紹介します。

エクトール・ギマール  Hector Guimard(1867-1942)

壁に伝統的な石やレンガを使っているため、一見他の建物と大差なく見えますが、凹凸のある外壁、緑の鉄を多用した装飾など、やはり違います。建物正面の木も、建築と同時に植えられたそう。

アール・ヌーヴォーの巨匠といわれる建築家。アール・ヌーヴォーは、“新しい芸術”の意味で、19世紀末から20世紀にかけて登場した美術の様式です。パリにあるギマールの作品でよく知られているのが、パリの地下鉄の出入り口でしょう(完全な形で残っているのは、アベスとポルト・ドーフィーヌの2駅のみ)。

さて、パリ市内にはギマールが手がけた建築物がいろいろありますが、集合住宅に注目してみると、高級住宅地であるパリ西部の16区、なかでもジャン・ドゥ・ラ・フォンテーヌ通りに集中しています。もっとも有名な建物は、14-16番地にある6階建ての「カステル・ベランジェCastel Beranger

1895年から1898年にかけて造られ、36のアパルトマンが入居。ギマールが内装も手がけました。

1897年からはギマール自身も1階に住み、画家のポール・シニャックも住人の1人でした。外観はそれまでにも存在した伝統的な石造りにみえますが、赤レンガを組み合わせ、装飾には当時の新素材である鉄が使われています。とくに扉の鉄細工は有名で、非対称の曲線のデザインはアール・ヌーヴォーの特徴です。

しかし完成当時は、名前のベランジェと発音が似ている“デランジェ(邪魔な、調子の狂った)”と呼ばれて揶揄されました。バランスの取れた左右対称のデザインに慣れていた当時の人々は、くねくねした曲線や派手な装飾に、「めまいがするような」とまで言ったとか。

ギマールにとっては、自然界に存在する優美な線を、鉄や石、ガラスなどの硬い素材で表現することこそが、目的でした。画家シニャックは「モダンで、ロマンチック」と表現しています。

 

カステル・ベランジェのもっとも有名な扉(左)。中庭から見た建物(右)。外壁の色も窓の高さも、対称ではありません!

住民の一人によると、すべての内装が異なるだけでなく、同じ部屋に並んだ2つの窓も形が違い、天井の高さも、隣同士で異なるのだそう!ギマールはどこまでも非対称にこだわったのです。

カステル・ベランジェは、1983年に歴史的建造物として指定され、保護対象に。かつては批判された建物も、いまは住民の、そしてパリの自慢の建造物です。

同じ通りを西南へ進むと、17番地周辺にも、ギマール設計の建物があります。石の外壁は伝統的な建築に見えますが、ぽこっとはみ出たバルコニーや手すりの装飾は、アール・ヌーヴォー風。壁には、ギマールが1911年に手がけたことを示す、ギマールのサインも刻まれています。

ジャン・ドゥ・ラ・フォンテーヌ通りとアガール通りの角に建つ住宅

隣接するアガール通りには、ギマールらしい流線的なデザインによる通り名の看板も。1階に商店が入る伝統は、昔から変わりませんが、現在、派手な看板を掲げる不動産屋さんが入居していました。

同じくパリ16区のヴェルサイユ大通りに建つのは、1903-1905年、高級賃貸住宅として造られた7階建ての住宅。バルコニーや窓枠、玄関の番地の数字など、細部にいたるまでギマールらしい装飾が現れています。

2011/02/28

プロフィール

三富 千秋

パリ在住のフリーライター。パンや菓子、料理など食の話題を中心に雑誌や食専門誌に発信しているほか、フランス人のライフスタイルについてのコラムも執筆。フランス人の日常生活をさらに知るべく、フランス各地で取材中。


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