パリ市民の力で守り続ける、アーティスト向けのアトリエ兼アパルトマン

パリの18区、モンマルトルの丘の西に当たる場所に、「ラ・ヴィラ・デ・ザール La Villa des Arts 」(芸術の館の意味)と呼ばれるアーティストのアトリエ兼アパルトマンがあります。ふだんは公開されていませんが、9月17日-18日のヨーロッパ遺産の日にあわせて、見学することができました。

“ラ・ヴィラ・デ・ザール”と書かれた入り口の門。ふだんは住民しか入れません。

“ラ・ヴィラ・デ・ザール”と書かれた入り口の門。ふだんは住民しか入れません。

パリには、パリ市が管理するアーティスト向けのアトリエがいくつもありますが(入居するには大変厳しい審査を通らねばなりません)、なかでもこのヴィラは、1888年から1889年にかけて建設された歴史あるアトリエです。

土地の所有者でヴィラの施行者は、工業で財を成したゲレ家。自身の豪邸ではなく、アーティストのための館を建設した姿勢は、現代で言うとメセナといえます。このヴィラの建設のために、目の前に新しい道路も造らせたそうです。

この石畳の道を上った左側に、ヴィラがあります。

この石畳の道を上った左側に、ヴィラがあります。

“ラ・ヴィラ・デ・ザール”と書かれた門をくぐると、高い天井のガラス張りのアトリエや、アパルトマンの扉などが見えました。あわせて47室あり、それぞれ広さや間取りが異なるため、アトリエだけの部屋も、住居兼アトリエの部屋もあるそうです。画家、彫刻家、音楽家、写真家、作家、舞台俳優と、ジャンルもさまざまです。

左側と正面は天井の高いアトリエ、右側はアパルトマンが並んでいます。

左側と正面は天井の高いアトリエ、右側はアパルトマンが並んでいます。

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19世紀から20世紀にかけて、象徴派や印象派、ダダイズム、シュールリアリズムなど、あらゆる芸術運動のアーティストたちが暮らしていたそうです。象徴派の画家ユジェーヌ・キャリエール、ポスト印象派のポール・セザンヌ、点描画家ポール・シニャックといった有名な画家たちも、このアトリエの住民。こうしたアーティストに会いに、ピカソやダリ、アンドレ・ブルトン、ミロらも訪れたといいます。

中に入ると、鉄製の美しい階段が目に入ります。

美しい大階段。

美しい大階段。

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大階段の上から見たところ。

大階段の上から見たところ。

階上には天窓と鉄の梁がありました。

階上には天窓と鉄の梁がありました。

ヴィラが建てられた1889年といえば、エッフェル塔も建てられたパリ万博が開かれた年です。この素晴らしい階段は、パリ万博で使われた資材の残りを使って造られたといわれているそうです。

階上のテラスからも、2階のアトリエに入ることができるようになっています。

階上のテラスからも、2階のアトリエに入ることができるようになっています。

2009年から2013年にかけて改装されているため、外装も内装も、あまり古さは感じさせませんでした。しかしこの改装にいたるまで、住民たちの闘いがあったそうなのです。

というのも、ヴィラを建てたゲレ家は2005年、維持の難しさなどから不動産プロモーターにヴィラすべてを売却。高級アパルトマンへの変換が計画されました。

そこで、住民のアーティストや近隣の住民が反対運動を実施。パリ市が名乗りを上げ、2007年に所有者となり、保存が適当とされる歴史的・芸術的価値をもつ記念物として「歴史的建造物・補充目録」への登録が決定しました。このときからヴィラの一部の部屋は、低所得者層向け住宅になっていて、より多様な文化が混じり合う場所になっているようです。

同時に2007年、住んでいるアーティストのほか近隣住民や支援する人々とともにアソシエーションを結成。ヴィラの広報活動や月替わりでアーティストを紹介するギャラリーの運営なども行っています。

パリは住宅不足の問題を抱えており、住宅の数を増やすことも重要ではありますが、都市に住んで芸術活動を行うアーティストは、さらに街を豊かにする存在。彼らの活動を理解し、支援する住民たちがいるかぎり、ラ・ヴィラ・デ・ザールはこれからも存続していくでしょう。

La Villa des Arts
15 rue Hégésippe-Moreau, 75018 Paris
http://villadesarts.paris/

2016/10/12

プロフィール

三富 千秋

パリ在住のフリーライター。パンや菓子、料理など食の話題を中心に雑誌や食専門誌に発信しているほか、フランス人のライフスタイルについてのコラムも執筆。フランス人の日常生活をさらに知るべく、フランス各地で取材中。


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