Vol.8 コミュニティ×防災

毎回、上質なライフスタイルに精通するゲストの方々と
コミュニティづくりをサポートする『HITOTOWA Inc.』荒氏の対談を通じて
マンションライフやマンションコミュニティのこれからを考える連載企画、
「つながり ~マンションコミュニティの話をしよう~」。

今回のゲストは、群馬大学教授で広域首都圏防災研究センター・センター長の片田敏孝先生。
防災研究の第一人者として「いのちを守る」ためのさまざまな活動を行う同氏が考える
日本のマンションライフ、そして防災コミュニティのあり方とは。

“子どものいのちを守る”文化の礎をつくる

子どもから社会全体へ 長期的、継続的な取り組みを

荒:片田先生が防災教育に携わった釜石の小中学生たちの多くが、あの日の大津波から生き延びたことは「釜石の奇跡」として知られています。

先生は現在も、釜石だけでなく様々な地域で小中学生への防災教育に熱心に取り組まれていますよね。もともと子どもを対象にした防災教育を専門とされていたのですか?

片田:いいえ。もともと子どもだけを対象にしていたわけではないんです。津波災害というのは、起こるかもしれないし起こらないかもしれないというものではなく、確定的に起こるもの。釜石での活動は2011年の段階で8年目だったのですが、最初はとにかく「津波が起こる前になんとかしないと」と思って通い始めたんです。

荒:では、最初は大人を対象にした活動がメインだったんですか。

片田:そうなんです。最初は大人を対象にした講演会を行っていました。ただ、普通に防災講演会をやっても、そこに来ていただけるのはもともと防災意識の高い人だけ。本当に来てほしい防災に関心が薄い人々とは、コミュニケーションチャネルがないという状況だったのです。

当時は「津波災害はまもなく」だと言われる状況下にも関わらず、実際に避難勧告が出ても「逃げない」という人が多かった。これでは近い将来、何が起こるかは火を見るよりも明らかでした。

そこで、大人対象だけでなく「子どもやってみよう」くらいのつもりで小中学校での活動を始めたのですが、実際に学校行って「津波が来るんだけどさ」と子どもたちに問いかけてみると、「知っているよ」とは言うものの「でも、逃げないという」。

荒:子どもたちも「逃げない」と答えるのですね。それは、やはり大人たちの背中を見ているからでしょうか。

片田:そうですね。「どうして逃げないの?」と尋ねてみると、「大きい堤防があるから大丈夫」だと子どもたちは答えます。「それでも、堤防が100%安全なわけじゃないから、逃げなきゃダメだよ」という話をしたら、彼らは「お父さんも逃げないし、おじいちゃんも逃げないから大丈夫だ」と言う。

つまり、大人が逃げないから子どもも逃げないという状況だったわけですね。津波というのは周期性がありますから、この子たちが生きている間には必ず津波が来る。つまり、この子たちの命は守れないわけです。

そして、それは誰の責任かと言えば、大人。父であり、祖父であり、この子を取り囲むすべての大人の責任だと思ったんです。だから、子供の命だけでもちゃんと守れるようにしなければいけない、というのがもともとのはじまりですね。

荒:そういう背景があったのですね。では、実際に子どもたちを対象にされてみて、どんな手応えを感じられたのですか?

片田:実際にやり始めて気づいたのは、「子ども」をキーワードにすることが、防災上は本質だということ。たとえば、釜石に行って居酒屋でお酒を飲んでいたら、見ず知らずの若いお兄さんが「僕は中学生の頃、先生の授業を受けたよ」と声を掛けてくれた。これは、うれしいわけですよね。

荒:8年も継続していると、かつての子どもたちも成長するし、そういったことがあるわけですね。しっかりと防災教育が根付いている証というか。

片田:そうなんです。「学校防災教育」というと、どうしても、小さい教室の中だけの話だと捉えられがち。ただ実は、時間軸の中で展開すると、10年前の小学校六年生は22歳になるし、中学3年生は25歳になる。

つまり、10年経つとひとつのプロジェクトになるし、さらにもう10年続けると、かれらは父や母としてそれぞれの子供達に伝える立場になる。いわば、自動生成の仕組みですね。

そう考えると子どもを対象にした防災教育を継続的に行っていくことの意味は、大きいのではないかと思えました。大げさではなく、文化の礎を築くということですから。

荒:一時的な知識やノウハウではなく、地域の文化として防災意識を醸成していくことにつながるわけですね。これは長い道のりですし、地道な努力が必要なことですが、大切なことかもしれませんね。

その点ではマンションコミュニティも「永住」を謳った住まいづくりをしているわけですから、未来志向で防災やコミュニティというものを捉え直すべきかもしれません。

片田:もうひとつ効果的だと感じたのが、親世代への影響力です。一般的に、小中学校のお父さんお母さんの世代というのは防災講演会などへの出席率は低い。

これは、防災意識が低いのではなくて、50年先、100年先の津波の話よりも、今日明日の生活と向き合っている世代だから。つまり、津波に関心がないというわけではないんです。

荒:みなさん忙しいですし、「物理的に参加する時間がない」というのは、大きな阻害要因ですよね。マンションコミュニティづくりに関しても、時間がなくて参加できないという方々が大勢いらっしゃいます。

片田:その時に「あなたのお子さんのために」という話を持ち出すと、非常に効果的なんですね。たとえば「この子がひとりで家にいる時に地震があったら、家で親の帰りを待つと言っています。次の地震の時に、この子は生き延びられるんですか?」と問いかけると、すごく真摯に受け止めてもらえる。

自分自身のことだとついつい脇に置いてしまうようなことでも、自分の子どものことだと真剣に考える。もともとコミュニケーションチャネルがなかったところでも、「子どもの命を守ろう」というキーワードでアプローチしていくと、非常に広がりがある。

荒:マンションコミュニティについても、同じことが言えると思います。「次世代のために今やっておくべきこと」というか。

片田:防災上のもうひとつの利点としては、子どもには「楽観バイアス」と「正常性バイアス」が働きにくいということも上げられますね。

たとえば人間というのは、「自分が死ぬ」ことについて、リアリティを持って感じられないものなんです。生きている以上は災害で死んだことがないわけですから、これまで大丈夫だった人は、どんな事態にあっても「また大丈夫だろう」と考える。これが「楽観バイアス」ですね。

また、非常ベルや津波警報が鳴った時に「これも正常の範囲」だと判断してしまうのは「正常性バイアス」が働いているためです。子どもたち純真ですから、こうしたバイアスが働きにくい。

つまり、学校で習ったことが、非常に行動に結びつきやすく、防災教育が効果的なんですね。

荒:「楽観バイアス」と「正常性バイアス」の話は、先生の著書「人が死なない防災」(集英社新書)にも書かれていましたね。防災を考える上で、人間の特性を理解しておくことは大切だとあらためて学ばせていただきました。

しかし、どれほど子どもたちの防災意識が高まっても、父母や周囲の大人たちを巻き込まなければ、やはり意味が半減してしまうのではないでしょうか。

片田:そうですね。学校の先生たちは、子どもたちに生き抜く力を与えるために、一生懸命教えています。そして、子どもたちも一生懸命学んでいます。

しかし、肝心の大人たちが、津波警報を聞いても逃げなければ、子どもたちは、学校で学んだことと家庭でやっていることの乖離に置かれてしまう。こうなった時に、子どもはどう思うと思いますか?

たとえば、小学校だと「横断歩道は、手を挙げて渡ろう」と習いますが、街では警察官だって手を挙げていない。そうした事態を目にした子どもは「学校で習った知恵は形式的な知恵であり、先生は“あるべき論”ばかり言っている」と、学んだ知恵を矮小化してしまうんです。

つまり、学校で習ったことと家庭でやっていることの整合性がとれていないといけない。「だからこそ、お父さん。あなたが率先して逃げなければいけない」と伝えています。

子どもの命を守るために、整合のある世界をつくること。これに異を唱える人はいませんし、子どもを中心に据えることで、社会全体が動くんですね。だから、学校での防災教育は、単純に子どもだけに教えていると言うことではないと思っています。

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2013/02/28

プロフィール

荒 昌史

HITOTOWA Inc.代表


1980年東京生まれ。2004年住宅デベロッパーに入社。自ら部署を立ち上げたCSRを中心に、ブランド、住宅企画・プロモーションを担当。携わった複数の住宅がグッドデザイン賞を受賞。

2010年独立、HITOTOWA Inc.設立。都市のコミュニティづくり事業を手掛け、新規物件のプロデュースから既存物件へのコンテンツ導入まで、「ネイバーフッド・デザイン」を取り入れた住宅の企画に取り組む。また、住宅・建設・自動車会社等のCSR/CSV事業も展開。社会環境問題の解決に必要不可欠な地縁コミュニティをつくるプロジェクト「Community Crossing Japan」のオーガナイザーも務めている。


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