毎回、上質なライフスタイルに精通するゲストの方々と
コミュニティづくりをサポートする『HITOTOWA Inc.』荒氏の対談を通じて
マンションライフやマンションコミュニティのこれからを考える連載企画、
「つながり ~マンションコミュニティの話をしよう~」。
今回のゲストは「美しい母がふえれば、世界はもっとよくなる」をキャッチフレーズに産前・産後の女性の心と身体のケアを行う『マドレボニータ』代表の吉岡マコさん。
ニッポンの子育てをよりよくする、マンションコミュニティの可能性とは。
すべての母親が母子手帳を受け取るように、産後ヘルスケアを受けられる社会にしたい。
自身の出産経験から産後ケアの必要性を実感
荒:マコさんが代表を務める『マドレボニータ』は、産前や産後の女性に向けたボディケアやフィットネスプログラムなどを手がけるNPO法人です。そもそもマコさんは、どうして『マドレボニータ』を立ち上げようと思ったのですか?
吉岡:きっかけは、私自身の出産です。1998年に出産を経験したのですが、妊娠中はウォーキングやヨガをしたり、食事に気を使ったりしていました。安全に出産するための身体作りを行っていて、すごく元気だったんですよ。ところがその一方で、産後に関しての知識は全然なくって「大きなお腹がなくなるんだから、産後は楽でしょ」なんて思っていたんです。ところが、実際に子どもを産んでみると、骨盤はグラグラだし、立っていると目眩がするし、歩くのもままならないほど身体が消耗していたんです。もちろん、そんな状態でも赤ちゃんは泣くし、子育てを休むわけにはいきません。その時に「こんなボロボロの状態で子育てがスタートするのか」という現実と「どうしてこのことを誰も教えてくれなかったの!」ということに二重のショックを受けたんですよね。日本は新生児死亡率が世界で最も低く、安全に出産ができる国。それなのに、産後の時期がこれほど大変ということが社会的にまったく認知されていないなんて、と。
荒:ご自身の経験から、産後の女性に対するケアがないという社会的な課題に気がついたんですね。私はたくさんの社会起業家や活動家と知り合いですが、マコさんのように、ご自身の体験から出発される方が多いですよね。マコさんはその大変な産後の時期を、どのように過ごされていたんですか?
吉岡:元気な身体で子育てをしたい。その一心で、出産でダメージを受けた自分の身体のリハビリを始めました。その時に試してみたのが、股関節を痛めたスポーツ選手がリハビリに使うバランスボールだったんです。もともとエクササイズ用に取り入れたバランスボールですが、その上で弾みながら抱っこしていると、不思議なことに赤ちゃんが泣き止んでくれるんですよね。自分のためのエクササイズが子どもの癒しにもなる。「これは他の産後の女性にも役に立つのではないか」と思ったんです。その体験が現在の「マドレボニータ」の原点です。
荒:社会的な課題を感じられただけでなく、実際の産後ケアの方法というソリューションもご自身の体験から考えられたのですね。ちなみに、身体がだるくて家事もままならない産後の期間というのは、どのくらい続くのですか?
吉岡:正確には、産褥期(さんじょくき)と言うんですけど、1ヶ月間は基本的に寝たまま過ごした方がいいと言われています。普通、大きな手術をすると、しばらく入院して静養しますよね。実は産褥期もそれと同じような状態なんですよ。
荒:子供が産まれると「母子ともに健康です」なんて言いますよね。でも、マコさんのお話を伺っていると、そんな決まり文句も疑わしく思えてきますね。
吉岡:「母子ともに健康です」というフレーズは、元気モリモリではなく、ひとまず命は無事という程度の意味なんですよね。この時期にしっかり静養できないと体調を崩すのはもちろん、更年期のトラブルにつながったりもします。産褥期のケアは軽視できない問題なんですよ。
荒:ただ現状では、産褥期の状況や産後ケアの必要性に対する社会の理解や情報は、まだまだ非常に少ないのではないでしょうか。
吉岡:その背景には「妊娠や出産は家族のこと」という考え方があると思います。出産や妊娠がファミリーマターとして扱われているから、社会的な課題として浮かび上がってこない。妊娠・出産といった「家族のイベント」には、友人や地域の人々といった“他人”が介入しにくい問題なんですよ。私の場合、出産や産後の時期に親の助けを借りられなかったという事情もあり、友人のサポートをたくさん受けましたが、実はこれがすごく助かったんです。ですから、『マドレボニータ』の活動でも、家族だけじゃなく、友人や地域の人々などのコミュニティ全体で子育てをすることの大切さを訴えています。
セルフケアのマインドとコミュニケーションの役割
荒:コミュニティで子育てをするという発想は、とても興味深いですね。そのお話しは後ほどじっくりお聞きしたいのですが、まずは現在の『マドレボニータ』の活動について教えてください。
吉岡:『マドレボニータ』の大きな特徴のひとつが、セルフケアという考え方をしていることだと思います。たとえば、スタジオに来て1時間くらい汗をかけば、どんなエクササイズでも、一時的にはスッキリできます。ただ、家に帰るとまたイライラしたり、パートナーに当たってしまうのでは、根本的な解決にはなりません。一時的なガス抜きに来るのではなく、自分の身体をケアするスキルを身につけて欲しいというのが「マドレボニータ」の基本的な考えですね。
荒:場当たり的な対処ではなく、根本的な問題を解決することを目指しているのですね
吉岡:はい。それと、メインの活動であるエクササイズの後に、“オトナの話”をする時間を設けていることも特徴のひとつです。
荒:“オトナの話”とは、具体的にどんな話をするんですか?
吉岡:人生、仕事、パートナーシップ(夫婦関係)という3つのテーマを決めて話しをします。産後の母親の話題は、どうしても赤ちゃん中心になりがちですが、あえてそこからは離れるようにしています。母になり、生活が激変した今だからこそ、話しておくべき大切なテーマと向き合うための時間ですね。
荒:子供を出産すると「誰々ちゃんのママ」と言う視点で周りからも見られるでしょうし、母親たちもその使命感を強く感じているはずですよね。でも、母親であると同時に、彼女たちは1人の女性であって、それぞれの人生がある。子育ての日々に翻弄されてなかなか向き合えない大切なテーマについて話せるのは、貴重な時間ですよね。
吉岡:もちろん「さぁ、人生について話して」と言っても、そう簡単に話せるわけではありません。そこで「マドレボニータ」では2人ひと組になって、絵やメモを使い、お互いの話をじっくり聴き、その話を要約するという方法を取り入れています。そうして、普段自分が漠然と考えていることについて、深いところまで掘り下げ、整理していくんです。
荒:自分のことを理解する。さらに自分のことを理解してくれる人がいるということは、大きな安心感につながりますよね。それはマンションコミュニティにも当てはまることです。
吉岡:たとえ自分のことであっても、わかっているようで理解できていないことはいっぱいあるし、話してみてはじめて気づくことも多い。批判されたり評価されるのではなく、ニュートラルにお互いの話を聞きあえる安心感も、とても大事だと思いますね。
荒:たしかに育児は大切ですが、そもそも母親が心身共に健康であってこそ、うまくいくものですよね。そのために、エクササイズとコミュニケーションをセットにした「マドレボニータ」のプログラムがあるんですね。
《プロフィール》
「マドレボニータ」代表
吉岡マコ
1972年生まれ、東京大学文学部美学芸術学卒業、その後、同大学院生命環境科学科で運動生理学を学ぶ。1998年、みずからの出産をきっかけに、産後ヘルスケアの必要性を実感し、当時の日本にはなかった産後の心と体のヘルスケアのプログラムを開発。1998年9月に産後のボディケア&フィットネス教室を始める。2002年に活動を「マドレボニータ(美しい母)」と名付け、2008年にNPO法人としての活動を始める。指導者の養成・認定や、調査研究、執筆などを通して、普及にも尽力。 2011年マドレ基金を立ち上げ、ひとり親、障がいをもつ児の母など、社会的に孤立しがちな母親への支援に着手。『健康になる産後エクササイズ』(DVD,ポニーキャニオン)、『産前・産後のからだ革命』(青春出版社)、『産後ママの心と体をケアする本』 (日東書院)『母になった女性のための産後のボディケア&エクササイズ』(講談社)など多数の著書ほか、テレビ番組への出演や雑誌連載などで幅広く活躍する。
2012/06/29