放課後NPOのこと【マンション・アフタースクール#2】

 

皆様、こんにちは。放課後NPOアフタースクール代表理事の平岩国泰です。第2回のコラムを書かせていただきます。今回から、私たち“放課後NPO”について紹介をさせていただきたいと思います。

今回のコラムでは、主に始めたきっかけについてお書きしたいと思います。

私たち放課後NPOアフタースクールは、子どもたちの放課後を安全で豊かにすることを目的に、“市民先生による放課後プログラム”を展開しています。

(放課後NPOHP)
http://www.npoafterschool.org

レストランのシェフ、パティシエ、建築家、大工さん、編み物の得意な主婦、スポーツ選手、ミュージシャン、ダンサー、弁護士、マンガ家、イラストレーター、劇団員などなどたくさんの大人に市民先生になっていただき、その特技や技を子どもたちに伝えていただいています。

個人に市民先生になっていただくだけでなく、企業も企業市民として先生になっていただくことが多々あります。

開催する場所は放課後の学校です。グラウンドや体育館、理科室や家庭科室や教室などを使います。子どもたちは授業終了後、移動の手間なくプログラムに参加できるわけです。

茶道の放課後プログラム

茶道の放課後プログラム

ANAによる航空プログラム

ANAによる航空プログラム

2004年より構想し、2005年に活動を始めて5年以上が経ちました。東京、神奈川などを中心に、今では年に120回くらい“放課後プログラム”を開催しております。夢中で活動しているうちに100種類以上の放課後プログラムが生まれ、1万人以上の子どもが参加してくれました。

娘が生まれた日に

 

なぜ始めたか、というお話からさせていただきます。

2004年6月、私は初めての娘を授かりました。生まれる日の夜、赤ちゃんはなかなか出てこず、病院で徹夜して翌未明に生まれました。何とも言えない幸せな気持ちが胸に込み上げてきたのを覚えています。

私は朝に帰宅し、仮眠をとり、起きて少しすると、後にNPO副代表となる織畑(おりはた)に電話をしました。
「一緒にやりたいことがある、今度会おう」、と。

3つの危機感

その時の私には3つの危機感がありました。

1つが“子どもの育つ環境の安全性への危機感”です。

当時の日本では、子どもを襲う事件が頻発していました。子どもだけでは公園で遊べない世の中になってきていました。ただでさえ許せない事件が多く起きていましたが、自分にも子どもが生まれたことで、危機感はさらに強く私を襲う状況になりました。そして子どもの事件を見ていて気付くことがありました。それは、子どもの事件が起きる大半は午後の時間、特に学校の帰り道や1人になる時間、つまり放課後なのではないか?ということでした。

もう1つが、“若者の無気力に対する危機感”でした。

その頃、ニート・フリーターという社会問題が起きていました。私は、企業の人事部で採用担当をしていて、年間に1000人以上の若者を面接しました。多くの学生さんと話すと、彼らは自分をアピールせず、“どの会社で働くか”ではなく“働くべきか否か”という選択肢で迷っていました。違和感を持つと同時に、「大人や社会がひどくつまらなく見えているのではないか?」そんな風にも思えました。

3つ目が“子どもの体験不足に対する危機感”です。

公園やレストランやどこに行っても携帯ゲームで1人の世界に入っている子どもたち、夜の10時過ぎでも電車に乗っている塾の帰りの子どもたち、そしてたまったストレスを唯一解消するごとく電車で公園のように騒いでいる子どもたち。そんな子どもたちを見ていて、のびのびと自由に羽を伸ばす時間の不足、子どもらしい体験の不足、また人間としての成長の機会の不足を感じました。

これが私の感じた3つの危機感です。

30にして立つ

 

私にはその危機感を少しずつ解決に導く1つのアイデアがありました。それが“放課後NPO”です。

当時私は30歳、「30にして立つ」とも言います。またその頃の私は、長く続けていけるライフワークを探してもいました。娘も生まれました。もうやるしかありません。子どもの放課後改革にライフワークとして取り組むことが娘の生まれた日から始まりました。彼女は私の娘ですが、私の活動の産みの親なのです。

2004年6月30日、大変暑い日だったことを覚えています。今から振り返ると、あの日から自分の人生は大きく変容しました。もちろんその後の展開は全く想像もできておりませんでした。現在も先のことは分からないことばかりです。ですが、私にとっては“夢中になって頑張っている”と人に恥ずかしげもなく話せるものが出来ました。

それはとても幸せなことですし、私の成長の原動力にもなっています。

そうです。好きなものを見つけた子は強くなるのです。放課後プログラムを通じて子どもたちにもぜひ好きなもの、夢中になれるものを見つけてほしいと思っています。ですので、私たちはプログラムの種類を増やすことに力を入れ、子どもが参加しやすい学校という場を使うのです。

今回のコラムはここまでにいたします。次回以降もう少し、今までの活動のことを振り返らせていただきます。活動のヒントとなったアメリカの放課後、そしてこれまでの活動の展開、苦労したこと、分かったことなどを書かせていただきたいと思います。

次回以降もどうぞよろしくお願いいたします。

放課後NPOアフタースクール
平岩 国泰 hiraiwa@npoafterschool.org

2011/02/21

プロフィール

平岩 国泰

放課後NPOアフタースクール代表理事。1974年東京都出身。1996年 慶應義塾大学経済学部卒。2004年長女の誕生を機に放課後NPOアフタースクールの活動開始。日本初の“放課後NPO”の活動は、100種類以上の“放課後プログラム”が誕生し、1万人以上の子どもが参加。グッドデザイン賞(2年連続)他各種受賞。