仏僧に学ぶ「人と人との付き合い、マンションにおけるコミュニティのあり方」とは?

東京タワーのお膝元、神谷町のオフィスビルに囲まれた場所にある光明寺。いま、オープンカフェや音楽イベントなど、広く一般の人々に門戸を開けた新しいコミュニティ活動で注目を集めているお寺だ。マンション・ラボ編集部では、この独創的な取り組みや考え方が、マンション・コミュニティ作りの参考になるのでは、という想いから、今回その仕掛け人である僧侶の松本紹圭氏にお話を訊いた。松本氏は、赤門から仏門へ入った東大卒のお坊さんという経歴のみならず、お寺を経営学のフレームワークを用いて広い視野で捉え直すためにMBAを取得したという。人の心を支えるお寺の存在の意味を常に模索している。

お寺カフェでつくりたかった、「地域との絆」

さまざまな仕事や年代の人が集う「憩いの場」作り

建物二階の本堂前にあるテラスは、清涼な風が吹き渡り、自分が神谷町にいるということも忘れてしまうほどだ。ここで松本氏に「神谷町オープンテラス」を始めたきっかけを伺った。

松本:私も、このお寺に住んでから、はじめてこのロケーションの魅力に気付きました。平日はオフィスワーカーの人々が集まる神谷町で、もっと多くの方々にお寺を訪れていただきたいという想いから、このテラスにオープンカフェを設けました。「お寺へどうぞ」というより「オープンカフェへどうぞ」という方が敷居も低く、どなたも気軽に入れますので。

オープンテラスでは、お坊さんに話を聴いてもらうこともできる。

友人に店長として手伝ってもらい、「神谷町オープンテラス」を始めて一週間ほどで、お弁当を片手にランチに訪れるOL、コーヒーブレイクのビジネスマン、近隣のお年寄り、お参りに来る方など、実にさまざまな人々が訪れるようになったという。

松本:クチコミで来る方も多く、おかげさまでたくさんの方々においでいただいています。普通のカフェと同様、都会の憩いの場として、神谷町オープンテラスも店長さんや常連さんがいて、その人たち同士で横のつながりができ、今ではこの界隈でのコミュニティになりつつあります。

気持ちよく過ごせる快適な場には、人が集まりやすい。マンションでもエントランスホールなど、快適に過ごせる場を心がけることが、交流の場作りの鍵となるといえる。

ツナガルオテラ、神谷町オープンテラス

まわりを巻き込み、皆で楽しみながら運営するお寺の音楽会

まさに都会のオアシス!の光明寺のテラス。

松本氏は、神谷町オープンテラスに先駆けて、年に3〜4回、すでに25回以上に渡って「誰そ彼(たそがれ)」というお寺の音楽会を続けている。さまざまなジャンルの音楽のライブと法話がミックスしたユニークなイベントだ。しかも、友人・知人の有機的なネットワークによって、イベントの企画から宣伝・運営までが、ほぼ自主的に執り行われているという。

松本:まさに手作りの音楽会として、回数を重ねる毎に勉強してバージョンアップしています。必要な機材をお寺に寄贈してくれる友達や、知り合い経由で音響機材を貸してくれる人もいて、ライブハウス並みの音響システムで演奏できます。ステージと客席に仕切りがないせいか、演奏者や音楽との距離も近く、音楽の合間に挟んだ法話も違和感なく溶け込んでいます。最後には、皆で読経してフィナーレ。来場者も出演者もスタッフも、お寺を核としてつながった、ゆるやかな人の縁で出来上がっています。

誰そ彼(たそがれ)

「やらなければいけない」「やるべき」では、人の輪は広がりにくい

コミュニティ活動が活発でないマンションでは、何かを企画してもなかなか人が集らない場合が多い。光明寺では、オープンカフェも音楽会も、まわりの人が自主的に一緒に手伝って盛り上げている。何か人を巻き込むためのコツはあるのだろうか。

松本:大切なのは、すべてを自分一人でやろうとしない、ということでしょうか。人を巻き込むことが得意じゃなくても、お寺でいうなら、「このお寺やお坊さんを支えてあげようかな」、と思える存在になれればいいのでは?
たとえば、光明寺の誰そ彼音楽会も、「このお寺の雰囲気っていいよね」「ここで音楽が聴けたら最高じゃない?」というまわりの話から始まり、まず「やってみようか」ということでスタートしました。「やらなければいけない」とか「やるべきである」から始まると、こうした企画が実現するのは難しいと思います。当たり前のことですけど、そのアイデアを面白いと思って楽しんでやろうという人がいないと、絶対に面白いものにはなりませんから。

少人数でコミュニティの「流れ」をつくる

「まず、やりたい人だけでやる」大切さを説く。

マンションでも、たとえば趣味のサークルや気軽な集まりをやりたいと思っていても、自分から言い出して人が集まらなかったら?など、躊躇することも多いだろう。何かやりたくてもできない、うまくいかない人は、どうしたらいいだろうか?

松本:私見ですが、たとえばマンションにお住まいの方全員がまとまるのは無理だと思います。皆さんの価値観もさまざまでしょう。ひとつ、実行する時にいい流れを作ってはじめるために必要なのは、「やりたい人だけでやる」ということです。みんなで何かをやらなきゃいけないということではなく、やりたい人だけでまずやってみる。そうしないと絶対にいい流れは生まれてきません。少人数の仲間でやって、ある程度かたちになると、他の人の目に付いて「何か集まりをやっているけど、結構楽しそうだな」という流れになっていきます。きっかけを作る開拓者がいたり、それに共感するフォロワーがいたり、意識の違いはありますが、開拓者が集まって、「まず、やること」がいいのではないでしょうか。「誰そ彼」が、まさにそうです。開拓者はスタッフであり、フォロワーはお客様であり、それが全体としてコミュニティであるという、理想的なかたちです。しかも好きなことが全員の共通目的です。人を集めるときも、いやがっている人を呼ぶというよりも、友達に声をかけて、やりたい人が自然に集まるというのが、「誰そ彼」のスタイルです。

もともとお寺は、日本人の生活の中に溶け込んできていた。松本氏は、お寺にとってのカフェやライブという行為自体は決して目新しいことではないという。参拝者にお茶をもてなすことが、今でいうカフェ。皆がお寺に集まって芸能を見聞きすることが、今でいうライブ。元来お寺には、こうしたコミュニケーション機能と場があったのだ。

3.11にも、お寺は帰宅困難者のために開かれていた

東日本大震災では、避難所やボランティアの拠点など、お寺がさまざまな役割を担っていた。ここ光明寺も、震災当日は帰宅困難者に向けて門戸を開いていたという。お寺は、防災面でも大きな役割を担っていけるのではないだろうか。

松本:3.11の時、私はインドにいたのですが、光明寺は帰宅困難者の方々のために開放したと聞いています。一晩夜を明かされた方もいらっしゃったそうです。災害時に皆さんが「あそこだったら一晩くらい泊まれるんじゃないか」と助けを求めるためには、そもそもお寺がここにあるということを知っていただくのが大切な気がしました。こちら側から積極的に、たとえば「災害時にはこちらへどうぞ」という風に開いているという姿勢をお見せしないと。そういう防災の仕組み作りが必要でしょうね。お寺の入口に「災害時にはどうぞ」という看板や助け合いシールがあると避難してきやすいかもしれません。災害時に助けてくれる存在としてお寺が認知されれば、防災の役割も担えます。私はいま、宗派を越えた若手の僧侶たちと一緒にインターネット寺院「彼岸寺」を運営しています。その中の「未来の住職塾」という、全国の元気な僧侶たちとの学びの場のネットワークを使って、お寺単体の動きではなく、団体として防災に取り組んでいくことも考えられますね。

お寺という、人が心の助けを求める場が、災害時の避難の場としても機能していくという点には大いに期待したい。宗派を越えて、全国のお寺のネットワークで一斉に発信していけば、さまざまな影響力を巻き起こすだろう。マンションでも防災助け合いネットワークを全国レベルで展開できると、日本全体が助け合いの防災都市に成長する一助になるのではないだろうか。

お寺という膨大なコンテンツをマンションや近隣の人とシェアしたい

お寺とマンション、一見接点のない二つだが、人が集まるコミュニティとして考えると学ぶべき点が多い。また、マンションのコミュニティ力を高めるために、仏教の教えや精神が役立つのではないか。松本氏は、マンションはひとつの村のようなものであり、小さなことから住民同士の絆を深めていけばよいとアドバイスする。

気軽な「お裾分けネットワーク」で、コミュニティ作りを

自身も集合住宅に住み、子どものいる家族同士の交流で助かっている部分があるという。

松本:「これがあったら自分も助かる」という簡単なことから始めてみればどうでしょうか。たとえば、塩、味噌、醤油を切らした時に貸し借りしあう「お裾分けネットワーク」など、本当に簡単なことでいいと思います。貸し借りがきっかけで交流が深まるものです。お裾分けは、一度やり始めたらあれもこれもとだんだん深まってくるものです。コミュニティの口火を切る、ハードルの低い仕組み作りに役立てればどうでしょう。

小さな助け合いからスタートさせる絆作りは、まさに理想的だ。しかもすぐにスタートできそうな気軽さがある。また、マンションでの生活をスタートさせるにあたって、お寺が持つコンテンツ、たとえば地名の由来や地域の歴史などを活用することも考えられるという。

土地の歴史を知るお寺コンテンツを活用して、ストーリーの一員に

梅上山光明寺の所縁の梅の木。オープンカフェでは梅の菓子を提供することもあるという。

松本:自分のマンションでいかに楽しく暮らしていくかと考えると、土地の歴史が持つお寺のコンテンツをどんどん活用してほしいですね。自分の住む土地のストーリーや歴史が見えてくれば、自分もその登場人物の一人になれます。土地の歴史や背景の再発見は、愛着にもつながりますから。
光明寺は、昔から「梅のお寺」として親しまれてきました。徳川家康も光明寺の梅を喜ばれ、三代将軍家光は「梅上山」という山号を光明寺に与えたという故事もあり、境内にはその梅の木があります。お寺はそんな土地の歴史コンテンツを持っている場です。ご自分の住むマンションと土地の歴史との関わりを知るために、近隣のお寺で土地のいわれを訊くなど、どんどんお寺を活用してほしいですね。

自分の住む土地の歴史を知ることは、コミュニティの絆を深めるはずだ。マンション内の歴史勉強会や趣味のサークルとしてスタートして、近隣のお寺に話を聴くなど、さまざまな展開アイデアが得られそうだ。

お寺は季節の配達人、マンションとお寺の関わり方のアイデア

マンションとお寺、他にどんな関わり方ができるだろうか?

松本:たとえばマンション単位でお坊さんに話を聴くなど企画して呼んでいただければ、カジュアルな法話などもどんどんできると思います。仏教は、日本人の心性の奥深く、生活の中に入り込んでいる存在です。お墓参りや除夜の鐘などがそうです。お寺が、イベントや楽しみを提供すると、うまく関わっていけそうです。日本の年間行事は、まさに仏教行事でもありますから。季節のイベントには人を集める力があります。七夕なら笹を置いてだれもが住民が願い事をかけるし、お盆に忙しくて帰れない人には、マンションで何か小さな合同法要をやりましょうとか。たとえば「マンションでライブ開催」といっても音楽の趣味はさまざまですが、でも七夕を開催するといったら、誰もが受け入れます。七夕、豆まき、餅つき。少しでも季節の気分を味わえるような関わり方でつながっていけるのではないでしょうか。「お坊さんは季節を配達してくれる人」という位置付けで、マンションとお寺のコラボレーションができるといいですね。

お寺もマンションも、現代の新しいご縁作りを模索している

松本氏は、お寺もマンションも、現代の「縁」作りを模索しているのではないか、と指摘する。

松本:一人一人の人生もライフスタイルも違いますから、ひとつの切り口では無理ですよね。今までのお寺の縁作りの在り方は、血縁・地縁でしたが、現代はそこが揺らいでいます。かといって縁がなくて生きられる人はいない。皆さん別のご縁の作り方を探そうとする訳で、SNSもそうですね。お寺自身も、現代の変化する「ご縁」の在り方に対応して、コミュニティを作る別のアプローチが必要なのでしょうね。
マンションはまさに血縁から離れ、個で住んでいます。血縁から離れた人達が集まって一緒に暮らす環境、ここで新しいご縁作りができるのか? といった点では、お寺が直面している問題と共通したところがありますね。

心のオアシスであるお寺は、これからどこへ向かっていくのか?

松本:私は今、光明寺に属する一方で、「未来の住職塾」を通じて全国のお坊さんとともに「これからのお寺、これからの僧侶」のあり方を模索しております。ドラッカーが「お寺は最古の非営利団体である」と言っているように、日本人の心のふるさと、心のオアシスとしてのお寺は、地域や社会の問題に深く関わってきました。これからも新しいアプローチで人の心に関わることができるはずです。光明寺では、オープンカフェや音楽会のネットワークを広げ、今まで通りのことをコツコツとやってまいります。さらに他の地域にもある元気なお寺とネットワークを作って、ひとつのお寺だけはできない大きなことを、皆で取り組んでいきたいと考えています。今まさに「お寺の新しい取り組みが始まっている」という状況です。日本の文化遺産としてのお寺が、これからも多彩に発展していければと考えています。

神谷町 光明寺

松本紹圭(まつもと しょうけい)

1979年北海道生まれ。本名、圭介。浄土真宗本願寺派僧侶、布教使。東京・神谷町光明寺所属。東京大学文学部哲学科卒業。光明寺でお寺の音楽会「誰そ彼」やお寺カフェ「神谷町オープンテラス」を企画。インドにMBA留学後、現在は僧侶のためのお寺経営塾「未来の住職塾」を開講中。宗派を越えたインターネット上のお寺「彼岸寺」の開基(創立人)。著書に『東大卒僧侶の「お坊さん革命」―お寺は最高のエンタメ発信地 』(講談社プラスアルファ新書)『お坊さんが教えるこころが整う掃除の本』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)他がある。

2012/10/12

e-mansion life ×マンション・ラボ スペシャルアンケート&プレゼント
↑ page top