第17話 防災会の真の目的とは?~家族が気づかせてくれた大切なこと~

エントランスで佐島と別れた後、伊東は自主防災会立ち上げの準備をするため、足早に自宅へと戻った。理事会でのあの悪夢を払拭し、一日でも早く自主防災会を立ち上げたいという強い気持ち、そして佐島の共感が、伊東に新たな力を漲らせたのだった。

マンション地震防災奮闘記この話は、とあるマンションの新米防災担当者・伊東が、「最高の防災力を備えるマンションをつくる」という目的に向かって邁進していく姿を描いたフィクションストーリーである。

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「ただいま!」伊東の力強い声がリビングまで届く。

「あら、お帰りなさい。ずいぶん張り切ってるみたいだけど。ということは、理事会はうまくいったのね?」

リビングのドアを開け、妻の智子が玄関まで足早に出てきた。昨晩理事会に説明することで、ナーバスになっていた伊東を間近にみていただけに、智子には伊東の明るい雰囲気が少々意外のようだった。

「いや、うまくいかなかったんだ。」

「えっ?」

智子は戸惑いを隠せない様子だ。伊東は説明を続けた。

「佐島さんと一緒に理事会に出て防災会の話を相談したんだけど、理事長から、『地震が起きたらみんなが被災者になって、自分を守るのに精いっぱいになるんだから、マンション全体で何かしようと思っても難しい。各戸で責任をもってやるべきよ』って一蹴されちゃったんだよ。まさかそんな答えが返ってくるなんて全然思ってなかったからびっくりしちゃって。佐島さんと高林さんもがっかりしてさぁ。」

「….。そう、それは残念だったわね。。。でもどうしてそんなに明るいの?」

「俺も正直ショックで落ち込んだんだけど、エントランスで子供たちの遊ぶ姿をみながら佐島さんと話をしているうちに、この子たちを守るためにも、やっぱり防災会は必要だって思ったんだ。

それで、マンションのためにすることなんだから理事会とか通さず、自主的に防災会を立ち上げよう、って決めたんだよ。」

伊東の顔が明るく輝く。

「それはいい考えね。きっと協力してくれる人はほかにもいるはずよ。私もお友達に話してみようかしら。」

智子が弾けるような笑顔で答えた。ここまで、この笑顔にどれだけ勇気づけられてきたことだろう。伊東は心から妻の存在に感謝した。と同時に、ある考えが頭をよぎった。

(おれは佐島さんや高林さんしか共感してくれる人がいないと思っていたけれど、智子のいうように、何人かはきっと協力してくれるはずだ。しかも、「ママ友」は、子供を守るためなら、きっと力を貸してくれるはずだ。なにも頼りは男性だけじゃないんだ。女性にこそ、最初に協力をお願いするべきかもしれない。)

「なぁ、たとえば防災会をつくるとして、このマンションに住んでいる君の友達は協力してくれるかな?」

伊東は自分のひらめきを確かめるかのように、ゆっくりと問いかけた。

「もちろんよ。私も私のママ友も、もちろん自分の家族や子供が大切だけど、一人で地震に備えるっていってもよくわからないし、ピンとこないじゃない?でも周りでやってたり一緒にできたりすれば、やる気にもなるし、なんだか楽しそう。あっ、楽しそうなんて、なんか不謹慎かしら。。」

智子は少々気まずそうな顔をしたが、伊東は智子の話す様子を見て、なんだか妙な感覚を覚えた。

(防災の話のはずが、なんだかサークルでも立ち上げるかのような感じだな。でも待てよ。おれは何だか勘違いをしていたのかもしれない。防災防災と、自分の危機感を押し付けるようなことだけをしようとしていた気がする。でもいつもそんな風なら疲れてしまうよな。。。大切なのは、自然と防災につながる取組ができるようになるきっかけをつくることだよな。だったらサークルのノリで初めてもいいのかもしれない。そのほうがきっとみんな参加しやすいだろうし。。。)

伊東は自分の気づきに、自分自身で驚いた。と同時に、これまでの考えが過ちであったことにぞっとした。先ほどまで自分がつくろうとしていた自主防災会は、ともすれば防災会設立に反対した理事会に「自分たちの防災会を見せつけてやろう!」という我執、そして自分の危機感を他人にも刷り込み、より防災が「堅苦しく、面倒くさいもの」として認識させてしまう危険性があったのだ。

伊東は、佐島や高林、智子など自分を信じてくれている人たちを巻き込んでしまうところだった自分の至らない考えを恥じた。そして、あらためて思い直した。

(みんなが興味をもって、防災の必要性に気づいてくれたらいい。まずはそこだけでいいんだ。そこから、自分の家だけでなく、友人や知り合いの家、隣人や同じフロアの家、というようにどんどん気にかけてくれるようになるはずだ。だからみんなが楽しんで参加できる「サークル」をつくろう!最初は小さくてもいい。少しずつ、焦らず進めていこう。)

「ねぇ、あなた、あなたったら。ねぇ、どうしたの?急に黙り込んじゃって。ひょっとして楽しいなんていっちゃったから怒っちゃった?」急に考え込んだ様子の伊東を見て、智子は不安になったようだった。伊東は慌てて口を開いた。

「いや、ごめん。そうじゃないんだ。さっき君が楽しそうに話している姿をみたら、なんだか自分で考えていた防災会は、危機感を煽るだけのつまらないもののような気がしてね。。いつもいつもヤバいヤバいなんていっても続くわけもないし、もっと特別なものじゃなく、気軽にはじめられるほうがいいんじゃないかって思ったんだ。そのほうが君の友達のママさんも、子供たちだって自然と参加して防災に関心をもってくれるだろ?」

伊東の優しい口調に、智子はホッとした様子でうなずいた。伊東は続ける。

「それに、なんとなく最初は男性を中心に考えてたんだけど、よくよく考えてみると女性のほうがマンション内に知人も多いだろうし、平日日中の在宅率も高いわけだから、むしろ女性中心のほうがいざという時にも心強いと思うんだ。君のように仲のいい友達同士だと、より協力しやすいわけだからね。だから防災会なんてかた苦しいものよりも、思い切ってサークルとして出発しようと思うんだ。」

伊東が明るく話す様子に、智子が戸惑いながらも楽しそうに答える。

「サークル?防災の?なんだか不思議な感じだけど、防災会よりはとってもとっつきやすいし、きっと友達も興味を持つと思うわ。でもママも忙しいから、いつでも参加できるわけじゃないし、たとえばふだんのおしゃべりの時間を使うとか、ママを中心にするんだったら、何か工夫が必要かもしれないわね。どんなサークルにしたいか決まったら、一度友達にも聞いてみない?いろいろ怖い思いをした人もいるし、きっと参考になると思うの。」

「そっか、そうだね。よし。さっそく考えている防災サークルのことがわかるように、ちょっと考えてみるよ。」

智子との有意義な会話を終えた伊東は、さっそく部屋に戻り、デスクに座った。そして目をつぶり、これまでのことをゆっくりと思い返した。

栗山とともに被災した展示会での恐怖。溢れんばかりの人だかりに圧倒され、疲れ果てた帰宅困難の体験。やっとの思いでたどり着いたマンションが、ただただ暗く冷たかったことに愕然としたこと。エレベータが動かず、自宅に戻れない住民の姿。テレビが倒れ、不安に押しつぶされそうになりながらも絶えていた妻と娘。夫との連絡がつかず、なす術もなく一夜を過ごした隣人。住民を支えようと、自分の家族を顧みずに踏ん張っていた管理員のこと。そしていつも明るく元気づけてくれた友人。。。

伊東はおもむろにノートPCの電源を入れ、思いつくままに自分が今考える防災サークルの姿を打ち込みはじめた。

防災サークル(仮)の立ち上げ

●立ち上げの目的
・住民一人一人が防災対策の必要性に気づき、自主的に備えてくれるきっかけをつくること
・「個」が備わることで、自然と「集」も備わる。その流れにつなげること。

●防災サークルを行う上で心がけること
・ふだんできることをする。特別なことはしない。
・無理はしない。無理強いもしない。
・誰でも参加できる。
・ゆっくり、あせらず、ながく、いつも続ける。
・楽しいことをする。
・こどもも一緒に参加できる。

●自分がサークルでやってみたいこと
・バーベキュー、キャンプ→アウトドアで防災を学べる
・夏祭りで「備蓄品屋台」を開く→備蓄品を使った簡単な料理で興味をもってもらう
・夏祭りマンション肝試し!→敷地で実施。暗い場所を慎重に歩く練習に。
・備蓄缶詰パンのクリスマスケーキづくり
・防災サンタからのプレゼント

お金がかかるものもあるが、参加者で出し合ったり、夏祭りなどのイベントでは予算内から出してもらえたりするものもあるだろう。まだまだ形になるのは程遠いかもしれないが、ひとつずつはじめていこう。

(明日さっそく佐島さんと高林さんに相談してみよう)

希望に胸を躍らせつつ、楽しげな光景を目に浮かべながら、伊東は黙々と資料をまとめ続けた。

2013/11/06

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