第15話 「みんな被災者。防災会など機能するのか?」の一言に戸惑うメンバーたち。

防災会を立ち上げようと、三人で決意を新たにしてから、はやくも1ヶ月が過ぎた。
緊急の理事会は、招集されてはいなかった。
当然といえば当然だった。

マンション地震防災奮闘記この話は、とあるマンションの新米防災担当者・伊東が、「最高の防災力を備えるマンションをつくる」という目的に向かって邁進していく姿を描いたフィクションストーリーである。

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地震からわずか数日しかたたないうちに理事会を招集するなど、日常生活に戻ることを最優先とするなら、非常識だと思われてもしかたのないことだった。

マンションに住む皆が被災者であり、理事会だからといって、自らや家族を犠牲にする義務も責任もないのだ。緊急の理事会召集を試みたものの、実現できなかったことに責任を感じていた高林ではあったが、反面、配慮に不足していたこと、そして、想いだけでは進めることのできない、集住という環境の難しさを痛感していた。

一方、この1ヶ月の間、地震の被害は日を追うごとに大きくなっていった。連日被害状況が映像として映し出され、被災地の現実を、遠く離れた都市部の人間に突きつけていた。

それに反響するかのように、メディアでは都市部での大地震の可能性が報じられ、多数の地震「専門家」による、被害予想や備えの重要性が報じられていた。その影響もあって、いまや街のデパートやショッピングセンターでは、防災グッズのコーナーが設けられ、コンロや非常食などが飛ぶように売れていた。

世は、地震そして防災への関心が、まさにピークを迎えていた。

そして、今日、ようやく定例理事会が行なわれる。
防災会立ち上げの話は、すでにフロントを通じて第一号議案として上げられていて、地震への関心が高いことがうかがえた。
(やっとこの日がきたか..。うまくいくといいが..。)

高林は、理事会の行なわれる集会室で、フロントとともに理事会の準備をしながら、そう祈った。

定例理事会は、いつも通り午前9時30分よりはじまった。

毎月第一日曜日の午前9時半~12時が、このマンションの理事会に設定されていた。以前は土曜日の午前中だったが、土曜日は仕事に行く人も多く出席率が低いため、今期の理事会から、この日時に変更されていた。不満を口にするものもいたが、理事会としての機能を果たすためには、いたしかたのないことだった。

理事会は10名程度で構成されていたが、毎回出席率は6割~7割程度で、全員が揃ったことはなかった。
この日、定例理事会に出席していた理事は、
・藤波理事長(女性/46)
・笹木副理事(男性/58)
・円丘理事(男性/35)
・有栖川理事(男性/44)※防災担当
・平野理事(女性/ 40)
・猪子理事(女性 / 23)※ご主人の代役
の計6名。

そこに今回、防災会の立ち上げについて承認を求めるため、伊東、そして佐島が加わっていた。フロントとともに、毎回理事会に出席している高林は、二人のなんともいえない緊張感を感じ取っていた。それもそうだ。防災会立ち上げの話をするため、ふたりはこの1ヵ月間、仕事から帰宅した夜などを利用して、資料などの準備をすすめてきていた。彼らの熱意は、このマンションの住民を「地震から守りたい」という一念から生み出されたものだった。その純粋な気持ちが、理事会に伝わってほしい。高林は、二人の成功を心から祈った。

「それでは定例理事会を開始します。まずは出欠の確認を行ないます」フロントから、理事会開催が宣言され、欠席者とその理由が報告される。いつもどおりのメンバー。特に何のコメントもなく、淡々とすすめられていく。

「早速ですが、それでは第一号議案に入りたいと思います。第一号議案は、防災会の設立ということで、2001号の伊東さん、1002号の佐島さんからのご提案です。本日伊東さん、佐島さんにお越しいただいていますので、直接ご説明いただきたいと思います。」

フロントが少々早口で伊東と佐島を紹介した。

理事の目が、集会室の隅に置かれた椅子から立ち上がり、挨拶しようとする二人に注がれた。

「みなさん、おはようございます!今日は防災会設立の件で、時間を作ってもらい、えらいすいません。大切な話なんで、ぜひ説明を聞いてもらって、設立の検討をしてもらいたいと思ってます。よろしくお願いします!」佐島が、勢い良く挨拶をする。

気圧されてか、理事はみな下を向いたままだ。議案に目を通しているらしい。
続いて伊東が、防災会設立の必要性を語り始めた。

地震の発生したあの日。暗く寒々しいマンションで見た、エレベーターホールで待機する住民たち。家族と連絡がとれず、不安がる隣人。安否確認で見た、疲れ果てた顔、顔、顔。そんな状況を目の当たりにし、すぐにでも、これから起こるであろう首都圏での大地震に備える対策を、「マンション」としても講じる必要があることを。伊東は、栗山から得た他のマンションでの事例も紹介しながら、その必要性を説いた。しかし、理事長・藤波の反応は、意外なほどクールなものだった。

「伊東さん、有難うございました。まずは震災直後の対応について、お礼を言わせてください。また、今回お申し出いただいたことも、マンションを考えてのことで、すばらしいとしかいえません。

しかし、ひとつどうしても理解できない部分があります。そもそも当マンションは分譲型で、それぞれの区分所有者の責任において居住しています。いうなれば「戸建て」と一緒です。確かに共用部の概念はありますが、これは管理会社が管理する部分であり、一区分所有者の所有ではありません。その考えに立てば、たとえ防災といえど、基本は「区分所有者」である住民それぞれが、それぞれの責任で備えることが重要だと思います。

さらに、もし大きな地震が起きた場合は、皆が被災者です。理事だから、防災担当だからという理由で、自分の家族の安否を考えずに、まずマンションのことを考えて行動できるでしょうか?また、その考えに、どんな人が賛同できるとお思いですか?
伊東さんや佐島さんのような、責任感のある方たちばかりではありません。大半が、自分を守る、家族を守ることに精一杯なんです。マンションとして、管理組合として、できることがあるとは思えません。」

藤波の発言に、高林、そして伊東、佐島はしばらく言葉が出なかった。

ただただ、唖然とするしかなかった。集合住宅のメリットになる「共助」という考えではなく、どこまでも個の責任とする彼女の考えは、ある種間違いではないものの、伊東や佐島、そして高林の理想とする防災の形とは明らかに違うものだった。
伊東は、この理事長の頑なな物言いと姿勢に、やすやすとは越えられない「壁」のようなものを感じた。

2012/09/04

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