第14話「防災会をつくる!」

ある日、突然の大地震が発生! 大地震から3日目。マンション住民の体力や精神は、確実にむしばまれていく。マンションのこれからの状況を考えた伊東は、ある決意を伝えるために管理事務所へと向かった。

マンション地震防災奮闘記この話は、とあるマンションの新米防災担当者・伊東が、「最高の防災力を備えるマンションをつくる」という目的に向かって邁進していく姿を描いたフィクションストーリーである。

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日曜日。いつもなら朝早くから娘に起こされ、オチオチゆっくりと眠ってなどいられないのだが、この日目が覚めたのは午前10時を回った頃だった。自然と目が覚めたのはいつ以来だろう?伊東は布団のなかで心地よさを感じながらも、ぼんやりと昨日の安否確認を思い出していた。伊東が確認した住民の顔には、どれもこれまでに見たことのないような、不安や疲労がにじみ出ていていた。地震のもたらした衝撃は、建物だけでなく、人間の精神や肉体にも、まるでボディブローのように、じわりじわりと、ゆっくり、しかし確実に蓄積されているようだった。さらに気がかりなのは、高林のことだった。昨日高林が安否確認で訪れた際に、元理事長から浴びせられたクレームの一件。高林の立場上、あまり詳しい話をきくことはできなかったが、彼の様子からは相当なクレームや要求があったことが想像できた。

(こうしちゃいられない)

伊東は布団から飛び起きると、すぐに着替えて洗顔を済ませ、おはようの挨拶も早々に管理事務所へと向かった。

伊東が管理事務所に着くと、事務所正面にある窓口から、佐島と高林の姿が見えた。二人とも何やら話しこんでいる様子だ。

(何かあったんだろうか?)

伊東は不安を感じつつ、事務所のトビラをノックする。

「おはようございます。伊東です。」

トビラが開き、高林が顔を覗かせる。

「おはようございます、伊東さん。昨日は本当にお手数をおかけしました。随分嫌な思いもさせてしまったんじゃないかと思って、先ほど佐島さんにもお詫びしていたところなんです。」

佐島が上から会話を被せてくる。

「そうそう、伊東さん。いや~、昨日は正直疲れましたね~。なんかこう、精神的にしんどかったっていうか。家に戻ってビール飲んだら、そのままバタンキューですよ。ははは。いや、まいったまいった。」

佐島の話に、いつもなら笑顔で応える高林だが、この日は様子が違った。何やら思いつめたような表情で、何か言いたげだ。

「高林さん。佐島さん。昨日の安否確認の報告会をやったあと、いろいろ考えたことがあるんで、ちょっとお話したいんですけど。」

伊東の提案に、高林も無言でうなずいた。

「そっかそっか。それなら事務所の奥にいって話しましょう。」

佐島は事務所のトビラを空けて、ズカズカと中に入っていった。伊東も、高林も、それに続いていく。なんともいえない重苦しい空気が、事務所の周りにだけ残っていた。
事務所の奥には、ちょっとした打合せスペースがある。伊東と佐島が座ると、高林が冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出し、二人に振舞ってくれた。キャップを空けて一口飲んだあと、伊東がいった。

「高林さん、緊急の理事会を招集してもらえないでしょうか。」

重苦しい空気を振り払うかのように、はっきりとした口調だった。伊東は続ける。

「地震の発生した一昨日、帰宅困難になりながらやっとの思いで帰ってきたマンションは、暗く、そして寒々しいものでした。エレベーターホールには、高層階に住む住民が帰宅できずに困っていました。自宅に戻ったあとも、家族はもちろんお隣の老婦人がご主人に連絡が取れずに不安になっていました。昨日は安否確認でいろんなお宅に訪問しましたが、どの人もみんな疲れ果てた表情をしていました。今回起きた地震のショックもあるでしょうが、これからも同じような地震が起こるという報道、どうやってこれから対応していいかわからない不安、そういったものが疲れとして出ているような気がしました。時間が経てば、みんな今回のショックや疲労を忘れるかもしれません。でも、今から誰かがその対策を考えて講じなければ、今度大きな地震があったときに住民みんなが恐怖に震えるだけで、立ち向かうことができなくなると思うんです。そうなってしまったら、助かるものも助からない。だから緊急の理事会を開いてもらい、理事会内でも自治会内でもいいから『防災を考える会』をつくり、今回の経験を踏まえて対策をすすめていきたいんです。」

普段あまり感情を表に出さない伊東が、ここまで熱っぽく話をするとは。佐島も高林も一瞬あっけに取られたものの、その申し出に深く共感した。

「伊東さん、いや、おれもそう思っていたよ。これは管理員や管理会社だけの問題じゃない。住民ひとりひとりが協力して考え、行動していく問題だ。そのためには、理事会を招集して防災に力を注いでもらえるように説得するのが一番早い。ましてやまだ地震から2日しか経っていない今だからこそチャンスだ。なぁ、高林さん、そうでしょ?」

佐島もエンジンがかかってきたようだ。しかし、高林の表情は沈んだままだ。

「高林さん?」

怪訝そうに、二人は高林の顔を見つめた。

2012/05/17

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