第4話:「電車が動かない・・・」数多の帰宅困難者が道を埋め尽くす

ある日、仕事で訪れていた展示会場で突然の大地震に遭遇!駅前は人の波。復旧する見込みのない電車を前に、徒歩での帰宅を覚悟する。早く家族の無事な姿が見たい。その一心で歩を進め、ようやく目にした自宅マンション。しかし、どこか様子がおかしい・・・。

マンション地震防災奮闘記この話は、とあるマンションの新米防災担当者・伊東が、「最高の防災力を備えるマンションをつくる」という目的に向かって邁進していく姿を描いたフィクションストーリーである。

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帰宅困難

マンション

K駅を発着する電車はいっこうに復旧する気配がなかった。駅前のロータリーにあるタクシー乗り場には長蛇の列ができ、並ぼうという気すら起こらなかった。伊東と栗山は、とりあえず徒歩で行ける地下鉄のT駅まで歩き、状況を確認することにした。駅から大きな国道に出て、駅の入り口がある通りの反対側に行くため、いったん歩道橋をわたる。下の道を見下ろすと、信じられないほどの人・人・人の列が、道を埋め尽くしていた。

「こ、これって…」伊東は呆然とした。

「公共交通機関が使えないから、みんな歩いてるんだろう」栗山が悟ったようにつぶやいた。

「電車が止まるって、かなりでかい地震だったからなぁ。震源どこだったんだろう?」

駅まで向かう途中、液状化で道路が大きく突起し、中から泥水が噴き出している光景を見た。展示会場のある場所は海の側の埋め立て地。地盤のしっかりした地域よりも揺れや被害は大きくなる。ここよりも被害が大きいエリアはないだろうと思いつつ、何か予想を遙かに超える大変な事態が起こっているのではと、伊東は思わず身震いした。

1時間ほど歩いただろうか。すでに辺りは真っ暗になっていた。到着した地下鉄「T駅」は銀座から徒歩10分ほどのベッドタウンだ。いつもは仕事終わりのサラリーマンやOLで大いに賑わう。しかし今は店は閉まり、歩いて帰宅する大勢の人で埋め尽くされていた。

「やっぱり動いてなさそうだね・・」2人は希望が薄いとは思いつつ、わずかな望みを抱いて地下へと降りていった。

改札は地下鉄の復旧を待つ人、駅員に復旧の目処を尋ねる人、階段の脇でじっと待つ人、諦めて地上へと引き返す人などでごった返していた。改札には大きく「地震の影響により運転を見合わせています。復旧の目処はたっていません」と貼り紙が出されていて、2人の淡い希望を早々に打ち壊した。

「とりあえず歩いて帰るしかなさそうだね」

2人は地上に出ると、帰宅ルートを携帯のナビで検索した。今いるT駅から伊東の自宅マンションまでは、距離にすると約15Kmくらいだろうか。車や電車ではさほど遠いという感覚はないが、徒歩でどれくらいかかるのか未知数だった。普段の運動不足で最近たるみがちな体を悔やんだ。一方栗山の自宅マンションも、伊東とは別方向だがだいたい同じくらいの距離だった。2人はそれぞれ今日無事であったこと、そして家族にも大事は無かったことを感謝し、互いに帰宅する健闘を誓いながら別れた。

伊東はゆっくりと人の流れに乗って歩き始めた。先ほどまで降り出しそうだった雨はやんでいたが、夜のひんやりとした風が空腹と疲れを一層辛いものにした。それでも同じ方向に帰宅する人々が同じ被災者・帰宅困難者であるという状況は、同志に似たような妙な親近感や安心感を与えた。

徒歩での帰宅は、想像以上に辛いものだった。革靴は足への負担が大きく、大勢と足並みを揃えて歩くため自分のペースが保てないことも、疲労の大きな要因だった。それでも携帯音楽で気を紛らわせたり、普段は見過ごしていた店や公園などを発見できること、運動不足を解消するといった気持ちでモチベーションを高め歩みを続けた。途中何度か自宅に電話をしたものの相変わらずつながらないため焦りはしたが、一歩一歩家族に近づいているという実感や再会した時の妻や娘の顔を想像すると、不思議と落ち着いた。

栗山と別れて2時間ほど経っただろうか。前方に、うっすらとだが自宅のマンションが顔をのぞかせた。6年前、娘が産まれたことをきっかけに思い切って購入した超高層マンションだ。伊東の自宅は、その20階にあった。眺めが気に入って、購入したのだ。しかし、いつもツリーのように煌々として明るいマンションの外観はなぜか暗闇にすっぽりと覆われ、行く手を阻む、冷たく、巨大な一枚の壁のように感じられた。

そのときはじめて、伊東は家族だけでなく、「マンション」に対する不安を感じた。停電、断水、設備の故障、住民のケガ、高齢者の安否などが、一気に頭を駆け巡る。と同時に、理事として選任されたばかりの自分に課された使命が、これから途方もなく大きなものになることを予感した。

「自分に何ができるのか…。何をすればいいのか…。」

その不安をぬぐい去るように、伊東は歩みを早めた。

第5話へ続く>

※写真はイメージです

2011/08/12

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