阪神・淡路大震災の被災マンション、震災直後の被害状況と修復への道のりとは?

遠方に住む家族との安否確認

Yさん「地震から2日目には、東京の長男と次男が小型乗用車に、よくこんなに積めたなと思うくらいの援助物資を積み込んで応援に帰ってきました。1週間ほど滞在して、飲み水の確保や家の中の片づけなど力仕事をやってくれましたが、“男の子をつくってよかった”と思ったのは後にも先にもこれっきり。」

【地震への対策】家族との安否確認方法を日頃から決めておく

当時携帯は一般に浸透していませんでした。Yさんは、翌日公衆電話を使って、東京に住む二人の息子さんと連絡がとれたとのこと。
息子さん「生きとったんかいな」
Yさん 「生きとうわいな(笑)」
いまとなってはユーモラスにそのときの父子の会話を話すYさんですが、被災時は家族との安否確認が大切です。遠方に住む家族とは、どうやって連絡をとるか、あらかじめ方法を決めておきたいですね。

マンション内の共助で、生活水を確保

被災後、ライフラインの中で一番困ったのは水だったといいます。電気は、当日の朝10時に復旧。水道の復旧は一番遅く、2月27日頃でした。

「息子が持ってきてくれたり、自衛隊の給水車が出たりして飲料水には困りませんでしたが、困ったのはトイレの水でした」とYさん。

幸い配水管は破損せず、トイレが詰まるということはなかったそうですが、水道が止まって改めて、トイレの水はこんなに使うものなのかと知ったそうです。居住者は、マンションの目の前に流れる川の水をバケツで汲みに行っていましたが、かなりの重労働でした。

Yさん「ところが、マンション居住者の中に水道関係の仕事をしている人がいて、川の水をポンプで吸い上げて、マンションのエントランスあたりに、川の水が出るようにしてくれました。これはかなり助かりました」。

【地震への対策】居住者それぞれの技術や知識を活用

マンションは集住の場。医療関係や工事に詳しい人など、さまざまな職業の居住者がいます。災害時に役立つ技術や知識を持っている人の情報を、日頃から共有しておきたいものです。

コミュニティの共助で助け合う社会づくりを目指す

また、近所にある大手スーパーでは、震災当日は定休日で社員旅行へ行くために社員が集合していたそうです。しかし当時の社長の判断で、被災者のためにお店を開店しました。他に開いている店が無かったため、延々長蛇の列で買い物客が殺到。Yさんが行ったときにはすでにもう店内の品物がほぼ空っぽの状態だったとか。

大雪で物流が壊滅的な状態に陥った際にヤマザキパンが無料でパンを配布したニュースもありましたが、企業や人が助け合う「共助」は、かけがえのないものです。非常時だからこそ、マンションの中でも外でも助け合える関係づくりを日頃から構築したいものですね。

災害を経たYさんの以下の言葉に、その重みを感じます。

Yさん「地震以来、人の心の中にも、少し変化が起こりました。今まで顔を合わしても挨拶もしなかった同じマンションの人達も、あれ以来、誰にでも挨拶を交わすようになりました。会社でも、仲たがいしていた人でも、地震直後はお互いに無事を喜び合い、それ以来それまでの経緯を忘れ、仲良くなったりしているようです。隣近所でもお互いに足りない水や食料を分け合い、助け合うようになりました。なんだか戦争中の「隣組」を思い出します。」

災害時にこそ真価を発揮するマンションコミュニティづくりをめざして、ひとつずつできることから実行していきたいものです。

次のページでは、災害で破損したマンションの被害をどのように管理組合で解決していったのか、対処の経緯についてご紹介します。
次のページ:被災後、マンション修復への道のり

2015/01/13

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